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524と00(10)

 文化祭まで残り数日となったこの日。
 誰もがその準備に追われていた。

「おーおー、どこも出来上がってきてんな」

 本日最後の買い出しを済ませ校門から校舎までを歩く。
 その道すがら看板やら垂れ幕などの飾り付けが着々と進んでいた。

「なんかワクワクしてくるよな」

「全然せえへん。今年が初めてちゃうし」

 俺の発言に否定から入るのが小西の定石なのかもしれない、ってくらい即座に返されて気落ちする。

「……」

 いや、そうじゃないか。

 小西夏菜実はいい意味で『孤高の小西』と呼ばれている――一体どんな『いい意味』なのかはさておいて――

 恐らく小西は皆と何かを成すという行為に楽しい思い出がないのだろう。

 そう考えると可哀想に思えてきた。

「今年は楽しめるといいな……」

「は? なにそれ。まるで私がぼっちやから、文化祭やら体育祭やら修学旅行やらオリエンテーションやらその他諸々を楽しめてへん思てんやろ? そうちゃうからな! 勝手に同情せんといてやっ」

 と早口で。

「そもそもこういう学校行事が好きやないしっ。面倒くさいだけやん。アホみたいに騒いで鬱陶しいわ」

 うん、分かった。その辺にしておこう。

 お前の気持ちはよく分かった。

 それ以上喋ると余計に辛くなるぞ。

「ムカツク。その分かったような目、好かんわ」

「……そりゃすまん」

 拗ねた様に口をすぼめた小西。無造作に蹴り飛ばした小石が壁にコツンと当たる。

「あ~……んならさ」

 と前を歩き出した小西を呼び止めた。

「お詫びってわけじゃないんだが、良かったらさ。文化祭の空き時間、俺と一緒に回らね?」

「は? な、なんで」

「なんでって、そりゃ。お前とだったら楽しめるかもしれないって思ったから」

 というのは半分だけ本当のこと。

 もう半分は――大人になって振り返った時に『楽しかったな~』と言えるような、そんな思いでを作らせてあげたかった。

 なんていう俺のエゴの押し付けである。
 だいぶ上から目線なのは許してほしい。

「どうする? 嫌だったら断ってくれていいけど」

「……」

 訪れるは一瞬の静寂。

 夏の始まりを予感させる蝉の声も僅かに鳴りやんでいた、そんな瞬間。

 振り返ってこくりと頷いた少女は、見たこともない柔らかな表情を俺に向けた。



「なら、しっかり楽しませてな?」

 


 ……



「あ、おかえり~」

 教室に戻った俺と小西をクラス委員長の清水が出迎えた。

「いつも買い物ありがとねっ。そこに置いておいて~」

「おう」

 言われた通りの場所に荷物を置く。

「んしょっ」とそれを確認する清水。

「うん、うん……全部あるね。お疲れ様。○○君、小西さん」
 
 労いの言葉を受けて帰り支度を始める。

「お~い、これってここでいいの?」

 と清水を呼ぶ男子の声。

「あ、うんうん」

「理央ちゃ~ん、これは~?」

「それはね~」

 買い出しの指示にそれのチェック。
 小道具、備品の管理から当日の役割分担とスケージュール作成。それら全てを一人でこなしている清水。

 本来なら相方となるもう一人のクラス委員長がいるのだが、そいつはサッカー部のエースで、夏の大会の主役と期待されているほどの選手だった。

 その為、ほとんど清水に任せっきりとなっていた。

「……悪いな清水。本当なら俺がもっと手伝わないと行けないのに」

 噂をすればなんとやら、そのサッカー少年が姿を見せた。

「忙しいんでしょ? 私なら大丈夫だよ! 好きでやってるところもあるし。それに皆がちゃんと協力してくれてるから」

「そうだよ~今年は優勝狙ってるんでしょ? ◇◇君が頑張ってるのは知ってるよ~」
「うんうん」
「おう、こっちのことは気にすんなよ」
「私たちも出来るかぎり清水さんのことフォローしてるしっ」

「ほらね? 皆もこう言ってくれてるでしょ。だから気にしちゃだめだよ! ……大会、頑張ってね、応援してるから」

「……分かった。ありがとな。今度、なんか改めてお礼させてくれ」

「え!? いいよいいよ、本当に気にしないでっ」

「いや、それじゃあ俺の気が済まないんだ。部活で忙しいからって、引き受けたからには責任を果たさないと」

 ◇◇君――サッカー部のエースで期待の星。
 クラスメイト、部活の仲間からの信頼も厚い。

 こういう誠実なところがモテる秘訣なのか?

 と彼らの遣り取りを俯瞰的に眺めていた俺。

 ――そこで、ふと気付いた。

「……小西さ。今日ってバイトなかったよな?」

「あらへんけど」

「この後の予定とかは?」

「……あらへんな。それが?」

「ん~。俺に時間くれね?」

「はぁ? ……え、ええけど。何するん?」

「いや、なに――」

 作業をしているクラスメイトを見て続きを話す。

「俺たちってさ。本当に買い出しだけしかやってないなって思ってな」

「当たり前やん。そら、それが仕事やねんから」

 そうだ――それが与えられた仕事だ。

「でもさ、どうせなら楽しまないと損だろ」

「楽しむもなんもまだ始まってへんやん」

「いや違うんだ。実はもう、始まってたんだよ」

 そう言って俺はスッと息を吸った。

「清水っ!」

 俺の大声に皆の視線が集まる。

「俺らにも何か出来ることないか? 手伝うよ」

「え!?」

 驚く清水。

「い、いいの?」

「やらせてくれ。暇してるんだ」

「こ、小西さんも?」

 ”そういう事か”と小西の呆れが混ざった視線に悪戯ぽい笑みを返す。

「言われてるぞ小西。どうなんだ?」

「……うん。そうやな、私も暇かな」

「本当に? 本当の本当に?」

 小西が頷くと、清水の顔にぱぁっと笑顔が咲いた。

「みんな! 聞いた?」

「うん、聞いたよ~」

 とすみれが作業の手を止める。

「小西~ちょうど人手がほしかったんだよ~」

「た、確かに。もう一人くらいいると楽……かも。だ、だよね?」
「あ、うん」
「そうだね……小西さんさえ良ければ……」

 小西の様子を窺いながら遠慮がちに肯定する女子たち。

「……私なんかでよければ。全然手伝うで」

「なんかじゃないよ! 大歓迎だよ! じゃあさ、こっち来てっ」

 そう言って清水はどこか嬉しそうに小西の手を引いてすみれたちの方へと。

 ……やっぱりか。

 俺と小西が買い出し班に選ばれた理由がようやく分かった。

 クラス委員長の清水に気を遣われていたのだ。

 行事に消極的な小西に負担が少ない仕事を回してくれたのだ――あくまで小西であり、俺は違うと強調する――

 よく見ているな、と感心した。

「うわ~小西うま~い」

「ほ、本当だ……」
「上手~」

「小西さんってこういうの得意なんだ?」

「……まぁ、偶に服とか作っとるし」

「えっ!? すごっ」
「へぇ。器用なんだね」

「べ、別に」

「あれ~? 小西~照れてるの~?」

「照れてへんしっ」

「ふふっ」

「ね、ねえ……せっかくだしさ。写真撮らない?」
「お、いいね! 撮ろう、撮ろう。思い出に」

「文化祭準備を進める私たち~、なんかすごい青春って感じだね~」

「アホらし……私は遠慮しと――」

「だ~め!」

 逃がさない――といった感じに清水が小西の手を取った。

「委員長権限を発動します!」

「な、横暴やろっ」

「委員長権限は絶対だよ~」

「ほらほら。すみれも言ってるからさ、ね? 小西さん」

「だ、だめかな?」

「……ったく、しゃあない」

「やった!」

「まずは理央と小西さんのツーショットから」

「な!? そんなんいらんやろ!」

「ふふ、私は欲しいかな」

「……早よしぃや」

「小西は素直じゃないなぁ~」

「す、すみれっ!」

 カシャッ――




 それは青春を切り取ったほんの一枚に過ぎない。

 だけど、在りし日の彼女を写した確かな一枚である。

 クールなクラスメイト。

 そのとびっきりの笑顔を捉えた貴重な瞬間であった。

 
 


 ……




 俺は遠巻きに会話しながら作業をしている女子たちを見ていた。

「どうやら心配するほどでもなかったな」

 と胸を撫でおろす。

 小西はこてこての関西弁を使う。
 慣れていない人にはその口調がきつく感じられることだろう。
 それが余計に取っ付きにくさを生んでいた。

 だからか、俺以外に話をするとなったら精々すみれぐらいしかいなかった。

 今こうして彼女たちが楽しそうにしている様子を見ると、必要なのは”きっかけ”だったんだなと思う。

 誰もが人との距離を測りかねている。
 傷つくことを恐れ、傷つけることを恐れる。

 この人とは合わない。

 この人とは仲良く出来ない。

 しまいには『そういう人なんだ』と勝手に決めつけて以後触れようとはしなくなる。

 そんなものは、たった一つの小さな”きっかけ”さえあれば、どうとでも変わっていくのに――

 勿体ない。

 小西夏菜実という人間を知らないクラスメイトが勿体ないと思った。

 同時に、クラスメイトと関わらない小西が勿体ないとも思った。

 だから、ほんの少しだけ背中を押すことにした。
 それが良い方向に転がったことに心から安緒する。

「……はあ……一体俺は何様なんだか」

 なんて、偉そうなことを考えていた自分が恥ずかしい。

「ほんまにな」

 気の強そうな関西弁が飛んできた。

「手伝うって言いだしたのはアンタやろ? そんな所で見てへんで仕事しぃや」

 ごもっとも。

「す、すまん……」

 冷ややかな視線を受けて、いそいそと手伝い始める俺なのであった。


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