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Out Of "Time"


(※諸事情により、今回はこちらで音楽紹介をします。)

世界一美しい(個人の見解です)アンビエント作品が復刻されました。2009年にリリースされた坂本龍一によるソロ・アルバムで、本人監修のもとリマスタリング。さらに未発表音源も追加されています。静寂な美しさが貫かれた一枚で、これまで何度これに癒され、もっと良い音で聴きたいという動機がオーディオの買い替えに繋がり、リファレンス用にも何度使用してきたことか…。と、書いている通り、聴いた時の気持ち良さは極上ものであることは、是非本作を聴いて確かめて頂きたいところですが、音楽的なアプローチとしても興味深い要素が沢山ある点も魅力です。

坂本龍一の作風として、西洋と東洋、伝統と革新、楽音とノイズなど、アンビバレントな要素を行き来し、または統合しようとするアウフヘーベン的な試みというのが代表的であると思います。

当時、本作をリリースする前に手掛けていた映画『SILK』では、日本を舞台にしたものでありながら敢えて西洋の楽器を駆使し、東西の文化の根源に共通項を見出していました。さらにその揺り戻しか、本作では日本の伝統楽器である笙を採用しつつ、Alva Notoらのように音響派的に聴かせています。また、バイオリンを音が鳴るか鳴らないかのギリギリの音で、ロブ・ムースに演奏してもらったそうですが、これを日本ではかけそき音と呼び、昔から雅な表現として知られているそうです。

そんな西洋と東洋の対抗軸に加えて、時間の要素を加えることも彼にとって大きな関心事でありました。時間の経過と共に音楽が進行していくというのは、一見当たり前の話をしているようですが、厳密には西洋の時間観を基に成り立っています。始まりがあって終わりに向かって行くという、旧約聖書、新約聖書の終末思想から、過去現在未来という一直線上の不可逆的な観念が生まれたのです。それに対して非西洋の時間観では、輪廻転生のように循環する円のようなものが代表的です。音楽では複雑に反復するジャンベのようなアフリカ音楽や、タブラを筆頭にしたインド音楽がその典型で、独特のトランス感があります。それを現代音楽ではミニマルミュージックとしてスティーブ・ライヒ達が確立。それをThe Velvet Undergroudがロックの領域に持ち込み、CANやTalking Headsも発想の出所はそれぞれ違えど反復を執拗に繰り返しました。またJBはファンクとして昇華し、彼のライブ音源のある間奏部分のループは、後にブレイクビーツの代表的な一つとして重宝されました。

閑話休題。本作のA1は、即興で弾いたピアノの1フレーズをループさせているだけの一曲。しかし興味深いのは、その音の長さを変えたコピーとがズレながら繰り返し鳴っていき、最終的に一致していくという構成になっています。B1ではピアノで3つの音のみを、長さなどを変えるなどをした組み合わせだけで作ったと言います。A3では、彼のピアノの音を基に、エレキギターなど各パートが、それぞれ異なるタイミングで自由に演奏。そんなテンポのバラバラな、同期されていない音を、DAW上に自由に配置したそうです。他の楽曲でも、自宅が火災にあってしまった男性の声、犬の鳴き声をループさせるなど、どれもがランダムなようでありながら、白昼夢のような一つの世界が見事に出来上がっており、うっとりと聴けてしまいます。そのような時間のズレへの深い関心は、次作の『Async(非同期)』に引き継がれました。ファンクなどのダンスミュージックを解析し、コンピュータと同期させて演奏していたYMO時代と比較すると尚興味深く感じます。

深い教養と溢れんばかりの実験精神を持ちながら、世界中の人の琴線に触れる美しいメロディも奏で続けた彼の存在がいかに貴重であったかを、作品を聴くと改めて感じますね。同時に音楽の楽しさを伝えて続けてくれていたことへの感謝の念も感じずにもいられません。

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