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無理やりオックスフォード大学の学生になった話その15: 離職

学問にも、高等教育にも縁がなく日本で育った私がイギリスに渡り、オックスフォード大学の学生になるまでと、なってからの逸話自伝エッセイ。
経済的、精神的な苦労もなく甘やかされてワガママに生きてきた日本女性の半世記。


更なる挑戦という目標はできたものの、どこから始めたらいいんだろうか。その頃フランス南部の街でアートフェスティバルがあり、そこでポートフォリオレビューがあることを知った。その時、最新作はなかったが、以前作って発表せず仕舞い込んだままになっていた作品があった。まずは何か始めたい一心でそれを持って出かけた。5人のレビューワーに見ていただいたが、みな意見はまちまち、参考にはなったが、やはり、強いコンセプトを表現できていないというのを実感した。

家に帰り、悶々としながらも自分の作品を制作する習慣というものをすっかり忘れていて、あまり、作品作りは進まなかった。



そうこうするうちそれまで私の直属の職場の館長が引退し、新しい館長が来た。しばらくはいうまく行っていたものの、人事異動で新しいマネージメントがつくと、色々と衝突した。

ブレクジットもあり大学や政府やその他ヨーロッパの組織からの助成金が大幅に資金が削減され、博物館の運営も寄付や商業収入に頼らざるを得なくなり、新しい館長の関心は収蔵品のケアや、新しい企画展の計画より、資金集めと、それに伴う自身の地位の向上を目指しているようだった。同僚たちの士気は喪失し、館長は何か不都合があるとスタッフの責任にし、スタッフ同士がぶつかると、館長はそれを楽しんでいるかのようにも伺えた。以前は館長と直接仕事について話すことができたのに、間にマネジャーを雇ってマネージャーを通してしかコミュニケーションが取れないようになった。それも館長自身のステータスを上げるための戦略のようであった。

前職の館長は行かなかったような、寄付集め、と称した海外出張に行ったり、なんとかアワードとかにエントリーするのに躍起になっていた。新しく入ってきたマネージャーが私の直属の上司になったが館長の言うことをただ伝えてくるだけで彼女自身のアイデアを提案してくることがない。年も私より若くただのメッセンジャーで些細なことでも独断で決定してくれることはなく、「館長と相談の上」というか館長の許可をもらわない限りは仕事を進められず、時間もかかるので、業をにやした私はそのマネージャーに「そんなことも決められないの?」などとついいってしまった。
それにカチンときたマネージャーは館長に私のことを「失礼で無礼、注意してください。」と通報したようで、館長はそのマネージャーの肩を持ち、ますます仕事がやりにくく、つまらなくなっていった。

ある日、「あなたの仕事内容を経営委員会と相談しました。そのことについてお話があります。」と館長からメッセージが来た。

その「経営委員会」とやらのレポートによると、私の仕事は今の博物館経営に必要でなく、私の給料を払う分、業者に外注すれば経費削減になる、ということだった。私を気に入らなかった若いマネージャーが仕組んだことだった。その時点でそこに勤めて14年がったっていた。

組合や人事課に相談したりしたが抗議してもあまり効果はなく、解雇宣告を受け入れるしかなかった。その時点から6ヶ月ほどは雇用の義務があるらしかった。

そしてその直後にコロナロックダウン。

働いていた職場は閉鎖され、自宅で働くことになったが解雇が決まっている私には対してできる仕事もなかった。そのうちファーロー手当というのが出て仕事をしなくていいいことになった。

その間その嫌いな上司や同僚たちと顔合わせをしなくてよくなったのはこれも不幸中の幸い。

イギリスの春は美しく、それまでほとんど放課後を一緒に過ごしたことがなかった子供達との時間ができた。もともと出不精でそれほど社交的でもないな私たちには、出かけないでいい、といういい言い訳だった。

一応外出禁止にはなっていたが、スーパーなどの食料品とDIYのお店はあいていたので、週に1、2度出かける買い物がたのしみだった。

これからどうしよう。
今まで副業でやっていたフリーランスの仕事を続ければいいし、夫もそれを広げてフルタイムほどの収入になればいいだろうと言ってくれた。
だがロックダウン中にマーケティングをするわけにもいかないし、もう14年もフルタイムで働いてきたし、少しのんびりしたかった。また別の新しいことがしてみたいとも思った。

そのころ、オンラインコースが充実しだして色々なオプションがあり、カリグラフィーやら、ダンスの歴史なんていうそれまで興味はあったものの対して深く考えてみなかったような講座をいくつかっとった。

そのうちのある講座で知り合ったロシアに住む参加者が、オックスフォード大学の通信教育で学んでいると知った。なんでも基本はオンラインなのだが年度末には対面の必須講座があるので、イギリスにやって来るからよかったらその時に会いませんかとのお誘いが来た。結局その時はまだコロナ禍の隔離期間などの問題があり、その方はイギリスには来れなかったのだが、そのコースのことを話してくれた。
社会人枠といっても厳しい審査があること、面接や提出しなければならない書類や推薦状の準備が大変だったとのことなど。コース自体も大変だがとても素晴らしい学びになっているなど。そしてオックスフォード大学生としての特典も結構あることなど。そこでそのオンラインの要項などをみてみた。すると短期の講座から、資格獲得のコースまであるではないか。それも、学士、修士、そして博士号のコースもある。それまで対面だったコースもコロナ禍を期にその多くがオンラインになったそうだ。

そのうちの修士の歴史学科のコースに興味を持った。

そろそろオックスフォード大学に関する話になってきますが、実際に入学するのはこの2年後です。

続く








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