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暑苦しい方程式(SFショートショート)

  未来の宇宙。主人公の鯛津渉(たいつ わたる)は緊急艇に乗りこんで、ある惑星に向かっていたが……。
 以前noteに乗せた『クールな方程式』に引き続き、トム・ゴドウィンの『冷たい方程式』に触発されて書いた作品です。『冷たい方程式』や拙作『クールな方程式』を未読でも読める小説です。



 俺の名は鯛津渉(たいつ わたる)。スペース・パイロットである。
 マザー・シップから発進し、2180年の宇宙を疾走する緊急艇(エマージェンシー・シップ)……略してESの操縦席でホロコミックを読みながら、3杯目のカップラーメンを食べ終えたところだ。
 操縦席といっても常時ホロコンソールを見てる必要はなく、通常はAIが操縦していた。
 読んでいるのはちょうど200年前の1980年代に描かれたギャグ漫画だった。元号で言えば昭和になる。
 信じられない話だが、この頃のマンガは電子書籍ではなく、紙にインクで印刷された物を読んでいたのだ。
 当時のギャグマンガは登場人物がボケると派手にみんながずっこけたりするのだが、こんな演出が、今は逆に新鮮だった。
 ちなみに緊急艇には俺1人だけ乗っており、目的の惑星ブルー・オーシャンに向かっていた。
 ブルー・オーシャンで大型台風が発生し、駐在員達が被災したのだ。
 全員無事だったが物質変換器と物質転送機が被災時に破壊されて医薬品と食料が不足しており、それを届けるのが目的だ。
 被災地で救援活動を行う身長180センチの二足歩行型ロボットのロボタローも乗せている。
 俺はマンガを読み終えた後重量センサーをオンにするのを忘れていた事に気づく。気づいてよかった。
 忘れたままなら、マザー・シップのヴァルマ艦長に、またどやされるところである。
 あわててスイッチを入れた途端重量オーバーの警報が鳴った。数値を見ると50キロ超過している。
 俺の生まれた地球のジャパン・エリアで使われる日本語のアナウンスで「重量オーバーです」と、人工音声が何度も悲鳴をあげはじめた。
 この小艇が母艦から発進した時は、補給物資の倉庫内の重量は正常だったのに、現在は重量オーバーを示していた。
 倉庫内には死角のないよう防犯カメラが設置され、何かがあれば映るはずだが異質な物の姿はない。
 熱の放射も感知されていなかった。重量オーバーの理由はいくつか考えられる。計測器の故障……そうでなければ密航者か?
 仮に密航者がいれば、俺はそいつを宇宙に放り出す必要がある。宇宙辺境法でそう決まっていた。
 そうしないと、減速時に密航者の質量を埋め合わせるため余分な燃料を使う。
 それはこの船がブルー・オーシャンに到着するためには失ってならない量だった。
 この船は、ギリギリの燃料しか積んでいないのだ。今のままだと緊急艇は安全に到着する前に全ての燃料を使い果たし、墜落する。
 俺は食べかけのおむすびを全部食ってからショックガンを握りしめ、倉庫に向かう。そして、倉庫の扉の脇に身を潜める。
 俺は片足だけドアの前に踏み出した。扉はそれに反応して、横に開く。恐る恐る中に入った。誰もいない。
「ごめんなさい」
 可憐な女性の声が響く。日本語だ。俺と同じジャパン・エリアの出身らしい。突然俺の眼前に、若く美しい女の姿が現れた。
 身長160センチぐらいだろうか。年齢は多分20代半ば。長い黒髪を肩まで垂らしたアジア系の女性である。抜けるように白い肌。
 真っ赤なホロルージュを塗った唇。俺のめっちゃ好みである。彼女はスティルス・ジャケットを着ていた。
 スイッチ1つで透明人間になれるアイテム。道理でカメラに映らぬはずだ。
「うららって言います。オーシャン・ブルーにいるお兄ちゃんに会いたくて、無断でこれに乗っちゃいました」
 うららはピンクの愛らしい舌をペロリと出す。
「スティルス・ジャケットはどこで手に入れたの?」
「海賊船が襲ってきた時。マザー・シップの倉庫のドアが開きっぱなしになっていて。あたしも海賊に襲われるかもと思ったら怖くなって……」
 うららは潤んだ愛らしい目で、俺を見る。そうだった。俺が緊急艇に乗りこむ直前海賊船がマザー・シップを襲撃したのだ。多分その時の混乱で、本来なら常時施錠しておくべき倉庫の扉が開放状態になっていたのだろう。
 その後マザー・シップから海賊を撃退したという連絡が入っていた。
 緊急艇にギリギリの液体燃料を入れられなかったのも、海賊の攻撃で燃料庫が破壊されたのも一因だ。
「しかたないよ。君は正しい判断をした」
 俺は、うららを励ました。
「ともかくここにいるのも何だから、別室に案内するよ。悪いけどスティルス・ジャケットはマザー・シップの備品だから、ここで預からせてもらう」
 俺はジャケットを受け取ると、うららを別室に案内する。
 そして身長150センチの二足歩行型ロボットであるロボタローに命じて彼女にコーヒーを淹れさせた。
 その間俺は操縦室に戻り、マザー・シップに量子テレポート通信で連絡する。
 やがて俺の眼前にインド・エリア出身のヴァルマ艦長の顔のホログラムが現れた。
 俺は事情を説明する。本来ならば密航者のうららはすぐに宇宙の外へ放り出さねばならないが、人道上の観点からそれはやめにして、代わりにロボタローの廃棄を主張したのだった。
「それは無理だ」
 ヴァルマはそう断言する。
「ロボタローは被災地の駐在員を助けるために必要だ。」
「ではどうしても、あんな可愛い女性を宇宙に放り出すんですか? 酷い! 人間よりロボットが大事なんですか?」
「それもしない」
「じゃあ、どうするんですか?」
 俺の脳内に、無数のハテナが浮かびあがる。
「女性の体重は50キロだと言ったな?」
「そうですが」
「それじゃあ貴様、ブルー・オーシャンに着くまでの20日以内に50キロやせろ! 暑苦しいデブめ!」
「ご、50キロ!?」
「当たり前だ! 大体貴様今150キロもあるだろうが!! 宇宙服も着れないだろう!? お前の9Lサイズのズボンはピチピチで、見ていてズボンがかわいそうになるわ!!」
 ヴァルマ艦長は激怒した。
「貴様には以前からダイエットを命じていたが、いいチャンスだ。多用途ロボットのロボタローに指導させるから、やせるんだ。大体お前わしと話すのに、ポテチ食いながらとは、どういう事だ!?」
(しまった!)
 俺は思わず自分の右手を見た。そこにはしっかとポテチがつかまれ、左手にはポテチの袋が抱えこまれている。
「デブなんて酷すぎますよ。パワハラでしょう。訴えますよ。そんな無茶なダイエットできません」
 俺は、泣き言を述べた。次の瞬間、ヴァルマがニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「それが、できるんだな。貴様もスペース・パイロットが健康と80キロ以下の体重を義務づけられている事は知っておろう。それを守れない者は、パイロットを辞めざるを得んわけだ。それでもいいのか?」
 痛いところを突かれて、俺は愕然とした。スペース・パイロットは高級取りで、地球時間の1年で100万コスモスも貰えるのだ。
「今までは、わしの温情で貴様を残しておったのだが、決まりは決まりだ」
 俺としては、この話を受けざるを得なかった。通信が切れた後、俺はいつのまにか操縦室に、うららの姿があるのに気づいた。
 彼女の目から、ひとしずくの涙が流れる。
「ごめんなさい。あたしのために、こんなはめになってしまって。まさか密航者が宇宙に捨てられる法律があるなんて。でも、素敵です。あたしのためにダイエットを頑張ってくださるなんて」
「安心してください。うららさん」
 俺は、自分の胸を叩く。
「ちなみに自分は鯛津と言います。あなたのためにもダイエットを成功させます」

 大見得を張ったはいいものの、それから俺の地獄の日々が始まった。
 多用途ロボットのロボタローが変形してエアロバイクになったのにまたがってそれをこいだり、艇内を走らされたり、1番きついのはロボタローに食欲抑制剤を飲まされた事だろう。
 確かに食欲はなくなったけど、食べる楽しみも失ったのだ。
「ロボタロー、これ、人間に対する虐待じゃない? 虐待はロボット法で禁止されているはずだけど」
「鯛津様のご健康を維持するための活動ですから決して虐待ではありません。もう一周艇内を走ってください」

 そうやって苦難の日々が続いたが、うららに励まされた事もあり、体重は徐々に下がってゆく。
 ダイエットを始めて10日が経過し、俺は25キロ減らして125キロまで落ちていた。これならダイエット成功も夢ではない。
 残りの10日で後25キロ減らせば、目標の100キロも夢ではなかった。
 うららの方も健気にも、これ以上削るような脂肪はバスト以外になさそうにも関わらず、一緒に運動して、食事は最低限にしてくれたのだ。
 そのため50キロあった体重は47キロまで下がり、俺の減らすべき重量は後25キロではなく後22キロにまで減った。
 やがて俺は彼女に対して、恋心を抱くようになる。いやきっと、うららも俺を好きなのに違いない。
 彼女が俺を見る目には、尊敬の念が感じられる。すでに10日も2人きりで一緒にいるのだ。恋愛感情が芽生えないはずがない。
 無論俺は、うららに指一本触れなかった。これでも俺は、紳士なのだ。やがてさらに10日が経過。
 俺はめでたく後22キロを減らした。ホロモニターに接近するオーシャン・ブルーが投影される。
 この惑星は表面の4分の3が海という、美しい青い星だ。
 助けを求めてきた駐在員のいる基地は、核融合発電所がこの星名物の超大型台風の影響で破壊されたため、必要最低限の通信しか行っていなかった。
 が、さすがに到着間際なので、量子テレポート通信を開始する。
 こちらからの連絡に答えて、送信先の人物の顔を映したホログラムが現れた。イケメンの若い男性だ。
「こちらオーシャン・ブルー基地の加藤です」
「お兄ちゃん!」
 加藤と名乗ったイケメンに、うららが嬉しそうに呼びかける。
「どうしたんだ、うらら! 緊急艇には1人しか乗れないはずだが」
 加藤が、怪訝な表情になる。俺は今までの事情を、かいつまんで説明した。
「そうだったんですか! 鯛津さん、ありがとうございます。僕の婚約者の軽率な行動で、すっかりご迷惑をおかけして」
「こ、婚約者!? だってさっきお兄ちゃんって!」
 俺はすっかり度肝を抜かれた。
「ごめんなさい鯛津さん」
 横からうららが口をはさむ。
「加藤さんは幼なじみで、昔からお兄ちゃんって呼んでたの。血のつながりはなくて、もちろん兄妹ってわけじゃないの」
 俺は胸を射抜かれたようなショックを受けていた。昭和のギャグ漫画ならずっこけているところである。

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