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『町屋の日』トークイベントに行ってきた


マーチ(3月)にヤ(8日)で、
「町屋の日」。
その前後一週間を「町屋week」として、京都を中心に全国で町屋の魅力を発信するイベントが行われるとゆう
名前からコンセプトから何まで魅力的なこのイベントに行ってきた☺️

今回たまたま知って行く事ができたのだが、
結論から言うと、インスピレーションが溢れたとっても刺激的な時間だった。



私が行ったのは初日2日のオープニングイベント。
「町屋の伝統的価値とその魅力とは?」
とゆうテーマで豪華すぎる登壇者御三方のお話を聞く事ができた。

私の好きな京都、町屋のリアルが知れて、
見方が大きく変わったことと、
そしてより京都への気持ちがアップデートれたので、書いておきたいと思う。

「町屋の日」ホームページより

なぜスーツは洋服なのに、
着物は「文化」と呼ばれるのか。

「文化」とゆう考え方がきらいです。

そう言っていたのは、小西美術工藝社の社長
デービット・アトキンソンさん。
Wikipediaで調べて、その経歴の凄さにビックリ仰天、、、とゆう話は置いといて。

町屋は使ってこそ意味がある。
そのことをあの一時間で、一貫して仰っていた。

なぜ日本人は和の良さを消してしまうのか。

日本の主な現代の家は、洋×ちょっと和が多い。
例えば、洋服のリビングと、一間の和室
みたいな。
洋×洋の良さはある。
そして、和×和の良さもあるのに。

だが今は、町屋や日本の文化は、「非現実」になりつつある。昔は現実だったもの。
当たり前だった風景や暮らし。
それらを「文化」と言って美化し、遠ざけられ、本当の良さが伝わることのないまま忘れられていく。

「体感」すること。

私は町屋が大好きだ。
いつからだろう、小さい時から結構渋めな日本の家に住んできたのもあるだろうし、(昔はあんまり好きじゃなかったけど☺︎)
「和」とゆう概念にどうしても惹かれてしまう一因だと思う。
町屋を改装したカフェにもよくいくのだが、
私にとって町屋は、入ると何か不思議な感覚に連れて行ってくれる空間だと思う。

そう、「体感」なのだ。

写真や資料を見るだけでは伝わらない体験が、町屋にはある。

その一つに、“季節感”があると思っていて、
木の温もりや紙の質感を通して、
陽の光や木漏れ日が家の中に綺麗に入る。

何かの本で、
「日本の家は木と紙でできている。」
と読んで、私はそれがすごく好きだと思った。

自然とすごく近くにいれるような気がするし、
季節のうつろいを肌で感じる事ができる。

息をしている
生きている
とゆう感覚が、何故かとても腑に落ちる。

一言で言ってしまうと、「面白い」。

時が経つと共に、変化もあって、その変化すら愛おしい。。

あ、ちょいと愛炸裂しすぎました。

最近よく町並みを見ながら散歩したりする時、
つまらないなと思うと同時に、もっと街が面白くなる未来を想像してみたりする。

和の良さとは。
「楽しむ」とゆう文化

京都は季節がやっかいとゆうのは、有名な話。

夏は盆地なのでめっちゃくっちゃに暑くて、
冬はさーーーむい。雪降る雪降る。

町屋は夏向けに作られているので、風通しがよく
冬はもちろん寒い。外にいた方が暖かいそう。

ではなぜそれでもこの地で、町屋の暮らしが守られてきたのか。

黒竹さんは、その不便さに価値があると言っていた。

夏の暑い時に打ち水をすると、上昇気流が起こって真綿(読み方:まわた。玄関口にかかっているのれん)がゆれる。

冬は窓を開け放って、こたつに入って雪を見ながらお酒を飲む「雪見酒」。

デービットさんは蔵に服をしまっていて、衣替えは蔵からいちいち出してこないといけないらしく、でもこの手間のおかげで、
「これで夏が始まるんだ」と思える。
四季を愛でる事ができる。

ベッドルームはずっと変わらないけど、
布団は動かせる。
夏は下で、冬は上の階で。
シーズンごとにお引越し。

瓦屋根のあるテントに住んでいる感覚で楽しいと言っていた。

もう、なんとゆうか素敵すぎる。
暮らし方や、 
そうやって暮らして生きている人々の、人生に対しての姿勢が。

「楽しむ」とゆう気持ちがあれば、どこでも住める。

「苦」だと思うことを受け入れる事ができれば、いくらでも楽しむ事ができるし、
手をかけることにこそ楽しさがある。


そして、日本の家はお祭りをベースに作られているとゆう事を初めて知った。
お祭りがなくなると、町の生活も変わる。

おもしろいなぁ。
もっともっと聞きたいと思った。

馬籠宿で撮ったかわいい暖簾

文化と経済

最後に、町屋を維持していく事の難しさや、
リアルなお話も聞く事ができた。

お金を持っている人が文化に興味がない
とゆうことを聞いて、
またまたどこかで読んだ、「お金を稼いだら文化に使え」とゆう言葉を思い出した。

町屋や古民家は維持費がかかるから大変
とよく言われたりするが、「それは大嘘です!」とデービットさん。

確かにちょこちょこメンテナンス費用はかかる。
だがマンションも、最初は綺麗でも同じようにガタがくるし、
そうなるとマンションは、一回取り壊すらしい。そしてまた新しい建物を建てる。 

壊して建てるのと、維持をしていくのでは、前者の方が圧倒的にコストがかかる。

さらに町屋などは建てる時、直していけるように設計して作られているとゆうのも驚きだ。

「町屋と経済」、そして
「現代性と過去」の二つをどう両立し混在させるかが、問題でありテーマだと高田光雄さん。

町屋は文化ではなく、「暮らし」だ。

だから私もいつか、町屋に住んでみたい。
「用の美」とゆう言葉がすごく好きで、
暮らしの些細なところにも美しさを見出す価値観や感性が、とても素敵だし、大事にしたいと思う。

ああ本当に行けて良かったー!!
とっても長くなっちゃいましたが、
私の大感動具合が伝わっていると嬉しいです☺︎


あ、3月8日すぎてる!!!

これまでにないくらい、
深く町屋について考える事ができた日だったし、京都の町を守っている人にリアルでお会いできた貴重な機会でした✨


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