続・謎の女流棋士
2ヶ月前、「謎の女流棋士」と題する記事を書いたところ、思いのほか反響が大きかった。マンガの入門書で将棋を覚え、ゲームとネット将棋で強くなった小学生が、大学院まで進んだところで突如プロ入りを目指し、女流棋士となって活躍しているという話である。さて、それからどうなったのか。
その後の経過
謎の女流棋士こと加藤圭女流初段は、その後も順調といってよい。記事を書いた日以降の成績は6勝3敗。マイナビ女子オープンは予選決勝で敗れたものの、女流王位戦の予選を突破して挑戦者決定リーグ入りを決めた。女流王位リーグは全5局。挑戦の可能性があることはもちろん、経験を積むことができるという意味でも大きい。
10月26日からはスポーツ報知で加藤女流初段の自戦記(岡田美術館杯女流名人戦リーグ5回戦 対千葉女流四段戦)が掲載されている。第1譜には以下のように書かれていた。
女流名人リーグは女流棋士にとって憧れの舞台であり、とても思い入れがあった。(中略)男性棋士と比べて対局数の少ない女流棋士にとって、9局が保証されるのはあまりにも大きく、何よりも尊敬する先生方と対局する機会をいただけるのは万感の思いだ。
(『スポーツ報知』2020年10月26日東京版)
その女流名人戦リーグ、前回の記事執筆時点では4勝1敗で3位につけていた加藤女流初段だが、その後は香川愛生女流三段、伊藤沙恵女流三段という強敵相手に連敗し、4勝3敗の4位で「ラス前」8回戦を迎えることになった。下に6人いるとはいえ、まだ降級4人の中に入ってしまう可能性も残っている。最終局の相手が8勝0敗で首位を走る加藤桃子女流三段であることを考えると、この「ラス前」は負けられない一局である。相手は鈴木環那女流二段。こちらも最近大きく成績を向上させた女流棋士である。前期は11勝14敗の負け越しであったが、今期は13勝4敗と大きく勝ち越し。リーグも5勝2敗で3位につけている。
「ラス前」8回戦は昨日(10月29日)行われた。将棋連盟モバイルでの棋譜中継がなかったため内容は不明であるが、結果は加藤勝ち! 初のリーグ入りで残留と勝ち越しを決めた。他に重要な対局が多くあったため、決してファンの注目を集めた対局ではない。しかし加藤女流初段にとっては大きな、実に大きな1勝であったに違いない。これで8回戦が全て終了。最終局を前に星取りは以下のとおり。
8勝0敗 加藤桃子女流三段
7勝1敗 伊藤沙恵女流三段
5勝3敗 鈴木環那女流二段、加藤圭女流初段
3勝5敗 香川愛生女流三段、渡部愛女流三段、山根ことみ女流二段
2勝6敗 室谷由紀女流三段、上田初美女流四段、千葉涼子女流四段
上田女流四段と千葉女流四段の降級が決定し、あとは3勝5敗の3人と室谷女流三段で残留を争う形である。他棋戦でタイトルを争う有力棋士がこれほど苦戦するリーグである。加藤女流初段の健闘が光る。
恩師
加藤女流初段の棋歴の「謎」も、少しずつ明らかになってきている。前回の記事では、女流アマ名人戦入賞をきっかけに加瀬純一七段将棋教室に通うようになり、研修会に入ったという話を紹介した。そしてスポーツ報知の自戦記第2譜「恩師」では大野八一雄七段について書いている。研修会で不振のときに大野七段の教室に通い始めたら調子が上向き、女流棋士になったというところから。
それからも今日までずっと研究会で教えていただき、何百局指していただいたかも見当がつかないくらいだ。多いときは3日に1度の頻度で教わりに行っていた。さすがにハイペース過ぎて悲鳴を上げられてしまったが、その後も週に1度から2度くらいは教えていただいている。
(『スポーツ報知』令和2年10月27日東京版)
似たような話、どこかで聞いたことがないだろうか?
これだけではない。ほかにも、渡部愛女流三段が同郷の野月浩貴八段に指導を頼んだところ、将棋のみならず体力作りまで指導され、女流王位獲得につながった話もある。今期大きく成績を向上させた鈴木環那女流二段にしても、森内俊之九段が出演するYoutube「森内チャンネル」で「鈴木環那 タイトル戦への道」という企画が始まり、特訓を受けているようだ。このように、特定の棋士から継続的に指導を受けることによって成績を向上させた例がいくつか見られる。指導自体の効果はもちろんだが、「師匠でもない○○先生にここまでしてもらったからには、結果を残すしかない」と背水の陣で打ち込むことによる効果もあるのではないかと推測している。
これからの女流棋界
加藤女流初段は現在29歳。普通ならそろそろ棋力のピークといった時期だが、棋歴が短いだけにまだ伸びるのだろう。女流王位リーグ5局と来季の女流名人リーグ9局。上位と次々戦う経験が、棋士を一回り強くする。
その昔、女流名人戦はA級のみならずB級、さらにはごく一時期C級リーグまであり、全女流棋士がリーグを戦っていた。しかしその後B級以下が廃止され、今は予選を抜けなければリーグに入れない。女流王将戦にもリーグがあったが、やがてトーナメントに変わった。それどころか、スポンサー撤退により存続が危ぶまれた時期もあった。女流王位戦、大山名人杯倉敷藤花戦、マイナビ女子オープン、リコー杯女流王座戦と棋戦は増えていったが、ほとんどがトーナメント形式である。なぜか。それは女流棋士の数自体が大きく増えたからであろう。昔とは違い、予選を抜けなければリーグに入れない、あるいはリーグそのものがないという状況である。女流棋界全体としては拡大したが、個々の女流棋士の対局数不足は見るからに深刻であった。
そんな中、今月、8つ目の女流タイトル戦「ヒューリック杯白玲戦」が創設され、「女流順位戦」の開始が決まった。全女流棋士がA~D級に所属してリーグ戦を行うという。ヒューリックから大成建設に引き継がれた清麗戦と併せて、対局数は大幅に増えることとなった。賞金も白玲戦が1500万円、清麗戦の賞金700万円といずれもインパクトのある金額である。この2棋戦ができたのも、将棋界全体がイメージを向上させた結果、女流棋士が棋力を向上させ、またイメージ向上にも寄与した結果、そして理事たちがスポンサー候補の共感を得る努力をした結果だろうか。
一般棋戦はともかく、女流棋戦はどうにかこうにか新たなスポンサーを獲得し、拡大を続けている。多くの女流棋士にとって今はチャンスである。西山、里見の二強、それに次ぐ加藤(桃)、伊藤という序列の固定化が見られる近年であるが、より多くの女流棋士が棋力を向上させてこの序列を引っ掻き回し、(男性)棋士にも太刀打ちできる分厚い層を作ってくれることを私は期待している。
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