2024年度上半期の好局9選
11月に入りいまさらだが、2024年度上半期の好局を振り返っておく。もちろん全対局をカバーできているわけもなく、私が観戦した限りであることは了承願う。年度末の名局賞投票の参考にしていただきたい。
1.佐藤天彦九段 vs 山崎隆之八段(棋聖戦挑戦者決定戦・4月22日)
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#ShogiLive #ヒューリック杯第95期棋聖戦挑戦者決定戦 #佐藤天山崎
佐藤九段の先手向かい飛車に山崎八段も力戦調で対抗。当初は後手山崎八段がのびのびと進軍するも、中盤はしくじり気味で佐藤九段が有利に。ここで諦めなかった山崎八段がじりじりと追い上げ、局面は混沌とする。終盤、山崎玉は中段に抜け出し、佐藤九段は龍二枚を敵陣から自陣に呼び戻して粘る。しかし天王山の山崎玉を捕まえる術は失われ、182手の熱戦に終止符が打たれた。
15年ぶりのタイトル挑戦を決めた山崎八段は「カッコつけずに、泥臭く勝ててよかったです」とのコメントを残した。
2.羽生善治九段 vs 飯島栄治八段(王位戦挑戦者決定リーグ白組最終局・5月14日)
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#ShogiLive #伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦挑戦者決定リーグ白組 #羽生飯島
長年にわたり王位またはリーグ在籍を続ける羽生九段。今期も3勝1敗で白組同率首位を走る。他方の飯島八段は初のリーグ入りながらここまで0勝4敗。
将棋は後手飯島八段が得意の横歩取らせに持ち込む。中盤の折衝は妥協のない組み手争いとなり、羽生九段がわずかにポイントを稼ぐ。そして終盤、羽生九段は自陣の駒を手順に活用。自玉を固めながら飛車角交換に持ち込み、121手目に急所の▲5一角を打ち込む。飯島八段は徳俵で粘りチャンスを待つ。そしてクライマックスは148手目、飯島八段が△5五飛と天王山に飛車をタダ捨て! これが絶妙の詰手順となるゴラッソで、逆転勝ちを決めた。
この結果、羽生九段が脱落して白組優勝は渡辺九段に。飯島八段は四段昇段同期に値千金のアシストをした形となった。
今日の対局後の関係者との食事中に渡辺明九段からLINEが。△55飛は今までで1番凄いです。とありました笑。初の王位リーグ、苦難しかなかったですが初勝利ができてよかったです。関係者の皆様お疲れ様でした。挑戦者決定戦楽しみです。 pic.twitter.com/SGHDLNCpi5
— 飯島栄治 (@eijijima) May 14, 2024
3.岡部怜央四段 vs 伊藤匠七段(王将戦一次予選・6月5日)
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#ShogiLive #ALSOK杯第74期王将戦一次予選 #岡部伊藤匠
かつての「親将」も注目した一戦は「親の顔より見た」角換わり腰掛銀新同型から先手岡部四段が桂捨て一直線定跡で先攻。後手伊藤七段も手に乗って反撃すると、互いに玉が囲いに向けて遁走。中段で角桂を軸とした攻め合い・ねじり合いとなる。手順を尽くしたのち、123手目に眠っていた飛車をいよいよ活用した岡部四段が主導権を握るも、伊藤七段もハッとさせる手を織り込みつつ凌ぐ。お互い捨て駒の勝負手を打ち合う華麗な攻防となったが、最後は玉の遠さを生かした岡部四段が157手で逃げ切った。
2022年4月にデビューした岡部四段は3年目となる今期にブレイク。16連勝を含め対局数・勝数・連勝の3部門で首位を走り、勝率も2位につける大活躍。ここまで30勝6敗(.833)だが、上野裕寿四段だけは相性が悪いようで3敗している。
今日、明日で加古川決勝三番勝負を指す岡部くん🆗の勝ちっぷりすごいなあ😳
— 渡辺 明 (@watanabe_1984) October 13, 2024
16連勝、25勝3敗?!
まあ、私は彼が勝ち出す前から指名🈯️してました😏
上野四段も注目新鋭✅なので激戦必至で楽しみです。https://t.co/iDVkanKzpQ
4.中座真八段 vs 野月浩貴八段(竜王戦4組残留決定戦・6月19日)
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#ShogiLive #第37期竜王戦4組残留決定戦 #中座野月
体調不良のため長期休場していた中座八段。年明けに復帰するも5月に引退届を提出。本局が現役最後の一局となった。対戦相手は同じ北海道出身の野月八段。
大崎善生『将棋の子』に描かれた四段昇段争いもさることながら、横歩取りに革命を起こした△8五飛戦法の創始者と伝道者という点でも深い関係にある。引退の一局が野月八段とはまさに「めぐりあい宇宙」。
△8五飛戦法の別名は「中座飛車」。飛車を深く引かずに途中停車する様を中座八段の姓にかけている。
2024年のいま、中座飛車はめったに指されない。後手横歩取りの誘導に対し先手が青野流を目指すと、中座飛車の流れに入らないからである。しかし中座飛車が攻略されたというわけでもない。先手が昔の流れを選択すれば、依然として有力な戦法なのである。本局は対局者二人の阿吽の呼吸により、後手野月八段の中座飛車となった。
盤上の対話
— Calbee (@Calbee_Shogi) June 19, 2024
中座:▲2六歩
野月:△3四歩(今日も横歩取りにしましょう)
中座:▲7六歩(そうだね)
…
中座:▲3四飛(取らせるのもありだけど自分で取るか)
野月:△3三角
中座:▲3六飛(青野流を指す日じゃないよね)
野月:△8五飛(そうこなくては!) https://t.co/xS0GKd4aZZ
中座飛車そのものは結局打倒されず「そもそも中座飛車ワールドに入らず速攻する」という青野流の流行とソフトによる高評価で指されなくなった
— Calbee (@Calbee_Shogi) June 19, 2024
以上が自分の歴史観
本局は野月八段が勝利した。中座飛車はやはり手強い戦法だったのである。中座真は最後の対局に敗れ、勝った野月浩貴が涙した。本局に至るまでの歴史を簡潔に書き表すことはできない。『将棋世界』9月号の北野新太「最後の8五飛 中座真」を読んでいただきたい。
今日、一人の棋士が引退しました。
— 野月 浩貴 (@nozuki221) June 19, 2024
その棋士は、小学6年生から約40年間、今までもこれからも、この世界で生きていく上での目標であり、道を示す一等星のような存在。
普段、振り駒なんてどうでも良いけど今日だけは後手番引けと祈った。
「中座飛車」。敬意と感謝を込めて。
ありがとう中座さん。
『将棋世界9月号』より「最後の8五飛 中座真」
— 将棋情報局編集部 (@mynavi_shogi) August 2, 2024
出だしがもう北野さん。https://t.co/L4G0CzAXIa pic.twitter.com/58B8VQSMQc
5.藤井聡太叡王 vs 伊藤匠七段(叡王戦第5局・6月20日)
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#ShogiLive #第9期叡王戦五番勝負第5局 #藤井聡伊藤匠
昨年の王座戦で八冠を達成した藤井聡太叡王。伊藤匠挑戦者に対しても竜王戦・棋王戦番勝負を含めここまで10勝0敗1持将棋と圧倒していた。この叡王戦も第1局を制して連勝を継続。しかし第2局で挑戦者の初勝利を許すと、第3局も精彩を欠いて敗れ、タイトル戦で初のカド番に追い込まれてしまう。第4局は伊藤陣のスキをついて早々に優位に立ち押し切った。決戦の第5局、場所は久々の常磐ホテルである。
戦型は本シリーズの焦点となった角換わり後手右玉。先手藤井は手堅く進め、飛車先交換に及んだところで後手伊藤が先手の桂頭から反撃。後手がと金を作るが、先手は先に桂を入手して猛攻。そして77手目、歩頭に銀を立つ▲6六銀直が今期No.1とも目される絶妙手であった。この銀捨てで攻めがつながり、叡王が一気に寄り切るかという局面になった。
しかし挑戦者がここから粘る。途中の王手飛車は甘受して、囲いの中に玉を避難させる。この玉がなかなか寄らない形。伊藤七段に攻めのターンが回り112手目△4九と。40手もの間動いていなかったと金を活用する。結果としてこのと金が本局のヒーローとなった。と金をさらに1枚製造し、130手目△6九と左で先手玉は受けが利かない形に。最後の総攻撃を凌いで藤井聡太の牙城を崩した。
将棋界に新たなる希望が誕生、いや「怪獣がもう一体現れた」瞬間であった。
6.豊島将之九段 vs 西田拓也五段(王将戦二次予選・7月30日)
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#ShogiLive #ALSOK杯第74期王将戦二次予選 #豊島西田
後手西田五段の四間飛車に先手豊島九段の居飛車穴熊。後手は桂馬を跳ね出し、見境なく金銀を盛り上げていく。そして58手目△6三玉で2段目に飛車の通路が開通。もはや地下鉄ではない。端に飛車を転回して一気の突撃から、最後は龍を見捨てての垂れ歩で決めた。
#ShogiLive #ALSOK杯第74期王将戦二次予選 #豊島西田 #109手
— Calbee (@Calbee_Shogi) July 30, 2024
西田さんの飛車が4万kmくらい駆け回った将棋だった
6 豊島vs西田(王将戦2次予選)
— Calbee (@Calbee_Shogi) July 31, 2024
居飛穴に対し異形のハイプレス
この世の全てを味わい尽くし前のめりに倒れる飛車
『将棋世界』12月号に西田五段の自戦記がある。「本局は力技で玉金銀を全て上にどかせてから、地上?で飛車を大転換」と記し、小見出しは「夢が現実に」とされていた。勢いに乗った西田五段が王将リーグ入りを果たし、ここまで4勝1敗と快進撃を続けていることはご承知のとおり。
7.藤井聡太王位 vs 渡辺明九段(王位戦第3局・7月30,31日)
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飯島八段のアシストもあって挑戦権を獲得した渡辺九段。第1局、第2局はいずれも内容で押しており、1勝1敗で本局を迎えた。本局は角換わりで後手の挑戦者が先攻。優劣不明の接戦が続く。最終盤、ソフトの評価値は渡辺勝勢を示すが、手の組み合わせは複雑で明快な勝ちは見えない。クライマックスは挑戦者の寄せに対し、王位が95手目▲4八桂と受けた局面から。96手目△5七金と縛って勝つ組み立てだったという挑戦者だが
#ShogiLive #伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦七番勝負第3局 #藤井聡渡辺明 #96手
— Calbee (@Calbee_Shogi) July 31, 2024
普通に開き直った
これで後手勝ちに見えるのだが評価値がそう言ってない
王位は歩頭に▲4五銀右! さらに△同歩、▲同銀と2枚目の銀も捨てに出る。以下はあまりにも出来すぎた手順となり、あれよあれよという間に後手玉は捕縛された。4八に合駒された桂馬が、最後まで土台となっていた。
7 藤井聡vs渡辺(王位戦第3局)
— Calbee (@Calbee_Shogi) July 31, 2024
挑戦者が押し込むも、王位の終盤はリアル棋神
合駒で土台を作るや連続銀捨てから華麗過ぎる即詰み
8.高橋佑二郎四段 vs 西山朋佳女流三冠(棋士編入試験第1局・9月10日)
棋譜は日本将棋連盟ライブ中継アプリ参照。Xのタグは
#ShogiLive #棋士編入試験第1局 #高橋佑西山
かつて三段リーグで14勝しながらも頭ハネに泣いた西山女流三冠。女流棋士に転向したのち、公式戦で棋士相手に勝ちを重ね、棋士編入試験の受験資格を得た。
その第1局は相棒というべき後手三間飛車を採用。中盤で抜け出すと、終盤では角のタダ捨てから正確な見切りで反撃をかわし逃げ切り。極度の緊張を強いられるこの一局を、読みの深さで制した。
8 高橋佑vs西山(棋士編入試験第1局)
— Calbee (@Calbee_Shogi) September 10, 2024
居飛車対三間飛車
西山有利の終盤、捨て駒が乱舞する端の攻防は見ごたえあり。終始正確な見切りと玉捌きで西山制勝
9.永瀬拓矢九段 vs 藤井聡太王座(王座戦第3局・9月30日)
棋譜は以下のサイトから。Xのタグは
#ShogiLive #第72期王座戦五番勝負第3局 #永瀬藤井聡
この将棋は最終盤に尽きる。挑戦者の指し手は極めて慎重にして堅実で、つけ入る隙を与えず王座を追い詰めていった。一手勝ちである。どう見ても一手勝ちである。が、この将棋がひっくり返る。将棋史上最強の天才は、下段からではなくあえて上段から△9六香と最後の勝負手を放った。
アマチュアなら直ちに歩を打って受ける。プロでも歩を打って受ける。永瀬九段の第一感はこれに反して桂跳ねの移動合。しかし一分将棋の中、自然な指し手に修正しての▲9七歩。そしてなんとこれが罠に落ちた一手となったのである。
藤井△7八銀。先手玉に詰めろをかけて、逆に後手玉は詰まなくなっている! 落手に気づき頭をかきむしる永瀬九段の姿は、非情にも前年王座戦の再現となってしまった。
#ShogiLive #第72期王座戦五番勝負第3局 #永瀬藤井聡 #157手
— Calbee (@Calbee_Shogi) September 30, 2024
恐ろしすぎる逆転術だった
これが将棋史上最強の天才か
おわりに
以上が私の選んだ2024年度上半期の好局である。見逃してしまった将棋も多いだろうが、ご容赦願いたい。下半期も好局が数多く生まれることを期待して本稿を終える。