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いやいや期じゃなかったかもしれない

2歳半になったみぃちゃんと、モンテッソーリのことを少しだけ知りはじめた私。

私たちのリズムで歩き、歩幅がちがうときはそっとしておいたり、見ていないふりをしてこっそり観察したりして、だんだん「しっくり」くる関係になってきました。

モンテッソーリがくれた救いは、このくらいの時期にはこんな特性があるよ、と教えてくれたこと。


たとえば今のみぃちゃんは秩序がたいせつ。おもちゃのある場所、座る位置、通る道…。大人がそれらを変えたいときは、変えているところを見せたり、一緒に変えたりする。

また、運動の敏感期でもあるため、輪っかがあったら何度も腕や足に通したくなったり、はみでているものがあれば出したくなる。

1歳の頃作ったこのおもちゃ。
家ではティッシュは子どもの届かないところに置き、このしゅっしゅもどきをいつでも使えるようにしていた。そのときはまだモンテッソーリをあまり知らなかったけれど、保育園の先生をしている友人が教えてくれてほんとに助かった。

最近では、自分の髪を結う小さなゴムを腕や足に通して痛くなり、泣きだすけれどまた通したくなる…ということを繰り返したので、私用のゴムを多めに用意して渡すことにした。それだけでお互いとても楽になった。

手足の指をたくさん動かして試してみたいみぃちゃん。それをみぃちゃんがひとりでできるように準備をすることが私のしごとだった。

夏までは「いやいや期だなぁ」と思うこともあったけれど、この頃はむしろ「大人よりも話が通じるかもしれない」と思うことさえある。

そう思った一番のできごとは、夜寝る前のはみがきの時間のことだった。


1ヶ月前から急に仕上げみがきを嫌がるようになり、「仕上げはおかあ〜さん」の動画を見てもまったく興味を示さなくなった。

私は、ずっと買うか迷っていたしまじろうのはみがきミラーをとうとうメルカリで買うときが来たかと思ったけれど、ダメもとでみぃちゃんにお話してみた。


「お母さんね、みぃちゃんと楽しく仕上げみがきがしたいの。きっとできると思うんだー」
と、期待は一切せず気持ちをそのまま打ち明けてみたら、その直後から今日(10日経った)に至るまでご機嫌で仕上げみがきまでできているのだ。


うそみたい…


と、毎日思っている。
はみがきミラーがなくてはこの先やっていけないと思っていたのに、道具をふやさなくても、私たちにとって大問題だったことが解決してしまった。


このはみがきのことで思ったことはふたつ。
世間ではとか、ふつうはとか、これをしないとこんなに大変とか言うよりも、私自身の気持ちを話したのがよかったのかも、という仮定。
それから、「伝わるかな」という不安を抱くよりも、不安や疑念の重さの載っていない段階で伝えてしまった方が、相手の負担にならないのかも、というこれまた仮定。


まぁ、むずかしいことはよくわからないのだけれど…



今日もみぃちゃんと自然のなかをひたすら歩いて、秋を見つけて、



こうしてnoteにいろんなこと綴ってはいるけれど、実のところ、私の仮定なんてだいたい間違っていて、一緒に全力であそんだ分だけ仲良くなっていっただけなのかもしれない。



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