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まずは、よくできました

確か先々月の始めだったか『朝活で前世を生きる』という話を書きました。
そこでの内容通り、私の午前4時台起き生活は今も続いています。

日の出前に起き出して、犬と近所の公園を周回。自宅に戻って朝食の用意。
夜の間に届いたメッセージに返信し、気になっていた本のページを開き……などとお決まりの流れを辿るうち、朝の静かな時間が過ぎていきます。


その静寂が破られるのは、決まって午前7時です。
それというのも、窓の向こうから、突如として元気の良いマーチ風の音楽が鳴り響いてくるからです。

初めて聞いた時には驚きましたが、それが何であるかは、すぐに理解できました。
短い音楽が終わると、スピーカーを通した声が高らかに宣言したためです。

「皆様、おはようございます。それでは、ラジオ体操第一!」
続いて流れ始めたのは、あのおなじみのメロディです。


私の暮らすマンションの三方は歩行者専用道路に囲まれており、向こう側には運動公園が広がっています。夏休みの期間中、その公園のグラウンドで、市民向けのラジオ体操が行われているのです。

窓から見下ろすと参加者は意外に多く、子どもたちや高齢の方、ウォーキングにランニング中と思しき人たちも見受けられます。
皆がグラウンドの日陰や樹の下など思い思いの場所に散らばり、それぞれに身体を動かしているのは楽しげで良い光景です。


眺めていると、私も子どもの頃はスタンプカードを手に、そんな場に混じっていたことが思い出されます。
とはいえ私の場合、参加できるのは体調が良い日限定で、最終日になってもカードのスタンプは淋しいかぎりでしたが。

このスタンプカードは今も生きているようで、小学生らしい子どもたちが、長い紐をつけたカードを首から提げ、公園を行き来する姿が目に入ります。
毎朝の体操をうまく習慣化するために、これほど日本人向けに、上手くできた方法もないでしょう。


それというのも、日本人ほど律儀に"一旦決めたことを守る"人たちはそういそうにないからです。

私が師事するヨガの先生はインド人で、日本をはじめ、世界各国でヨガのクラスを持っています。

そんな先生は日本人の生徒をとりわけ賞賛しており、それというのも、日本人だけが"自分の言ったこと、勧めたことをきちんと続けてくれる"からだといいます。


他の国の生徒たちは、返事は良くても家で練習プラクティスや太陽礼拝に取り組もうという人はごく少数で、それを隠しもしないため、先生は苦労するそうです。

なぜなら、週に一、二度、クラスに来ても、日々の生活の中にヨガを取り入れなければ、ほとんど意味をなさないからです。それでは何も身に付かず、自己満足の習い事として終わります。

ヨガを本当に自分のものにしようとするなら、毎日ほんのわずかでも、そのための時間を割くことは不可欠です。


日本人の生徒はそれを理解し、真摯に実践してくれるから素晴らしい、ただ、と先生は言葉を濁します。
一つだけ、そんな人たちに共通する、非常に惜しい部分がある。それは、一旦つまずいたが最後、いきなり全てを投げ出してしまうことである、と。


先生が見てきた日本人の生徒のうち、毎日いくつものポーズの練習や太陽礼拝を続けていたのに、何らかの理由でそれが途絶えてしまい、一気に意欲や興味を無くす、という人が事のほか多いらしいのです。

そうなると、それまで毎日どれだけ頑張ってきたことであっても、もう見向きもされなくなります。

「もしインド人やアメリカ人なら、たとえどれだけお休みしても、気にせずにまた再開します。そこまでせっかく続けて来たんですから。でも日本の人だけが、全部なかったことにしてしまうんです。たった一日、失敗しただけでですよ?私はそれで、いつもため息をつきたくなります」


聞きながら私も苦笑いしただけでなく、納得させられるところがありました。
周囲を見ても、確かにそんな人が多い気がするからです。もちろん、自分も含めて。

勤勉さと完璧主義。
一見素晴らしいこの組み合わせが、思わぬ落とし穴となる実例のような話です。


"地獄への道は完璧主義者によって舗装されている"という西洋の言い回しが存在しますが、完璧主義者は、一つ一つの石を手作業で歩道に敷き詰めます。
けれど隣り合う石の形が合っていない、ここは高さが揃わない、と細かい出来栄えが気に入らず、永遠に道端にしゃがみ込み、石を握り続けているというのです。

これはもちろん単なるジョークですが、考えると恐ろしい話でもあります。


行き過ぎた完璧主義が全てを台無しにしてしまうなら、ほどほどの構えでいることは大切であると言えそうです。
何かを辛抱強く継続できる、というのは得難い美徳で、それを備えていながら、わずかな瑕疵かしによって何もかも捨ててしまうのは、あまりにもったいないことですから。


今の私はラジオ体操に通う子どもたちのようなスタンプカードを持ってはおらず、たとえ何かを継続できても、認め印や励ましの言葉をもらうこともありません。

ですから日一日と、ちょっとした達成を重ねつつ、自分でスタンプを押すほかなさそうです。
欄外には、こんなコメント付きで。
「途中でやめたくなったりお休みしても、よく頑張りました」


やるなら徹底的に、というのも素晴らしくはありますが、ひとまずは無理のない結果を目指し、小さな目標を叶えていきましょう。力を抜いて、最初から全てを完璧に仕上げようと目論んだりはせず。

そうすれば、何かが思ったより上手くいかなかったり、計画通りに進まなくとも、またどこかで挽回するチャンスも巡ってくるはずです。

もしも今、何か取り掛かっていることがあるならば、また、特に何もなかったにせよ、まずは今日の欄に〈よくできました〉のスタンプを押し、愉しく気長にいきましょう。






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