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スペシャリストかく語りき

「ああ、面白い話だった。今度の会議で使っていい?」
精神科医の友人が浮かべる満面の笑みに苦笑いしつつ、私はたぶん大丈夫だと思うよ、と答えます。

話の発端は私があるSNSの書き込みを見たことで、そこには一人の男性のこんな意見が綴られていました。
『精神科医は心配事の96%は起こらないと言う。でも自分が心配なのは残り4%の方なんだが』


ちょっとひねくれているけれど、そんな考え方もあるかな、くらいにとらえた私に対し、友人は即座に言い切りました。

「これだけでその人が病気だってわかる」
「え。そうなの?」
「精神科医ならみんなそう言うと思う」

私が尋ねるまでもなく、友人はその詳細について話してくれます。

「その精神科医だって、別にうまく言いくるめようとか、誘導しようとしてるんじゃないよね?ただ単に、気分を楽にしてあげようとか、安心させようとしてるだけで。
なのにその言葉にはかたくなさ以上のものがあるっていうか、それを一言で言えば"怒り"なんだけど」


思いもかけない分析に戸惑う私に、友人はやや早口で説明を続けます。

「絶対に説得されてたまるかっていう、強い意志がそこから読み取れる。
精神科医相手に怒りを燃やすからには、成長過程で例えば父親からの抑圧を受けてきたのかもしれないし、父権的対象への反発から生まれた敵対心が、相手に従いたくないって意地につながってるのかも」
「じゃあ、この人には何を言っても無駄ってこと?結局は全部はね返されるだけ?」
「そうなるね」
「それなら病院に通ったり、治療を続けたって無意味じゃない?」
「うん。本人が治りたがってない」


おそろしく意味の深い一文なんだね、と言いつつ、私は思い出したもうひとつの事実を付け加えます。

「そういえば、その人に"いいね"してる人が8万人はいた」
「ほんとに?すごい」
「その人たちも同じように怒りを抱えてるってこと?」
「その言葉に共感してるんなら」
「みんなそんなに怒ってるの?」
「怒ってる人ばっかりだよ、今の日本って」

私は顔をしかめるも友人は笑い、次の会議でこの話を俎上に乗せよう、とさっそく計画を練っています。

私としては何気なく話したつもりのことが、思いがけずプロの知見の一端に触れ、なるほど世界は人によってまるで違った姿を見せるのだと、あらためて実感しました。


思い返すとそんなことは他にもあり、ある知人と有名ブランド車のディーラーをのぞいた際、知人がやおら一台の中古車の側に屈み込み、タイヤの検分を始めたことがあります。

そして、立ち上がるなり口にした台詞が
「この車、買おうかな」
まだ他にほとんど詳しい情報もなく、エンジンルームや内装も目にしないうちにです。

それなのになぜと問うと、知人の答えがまた謎めいていて
「タイヤを見れば、この車の元オーナーが最高の人だってわかるから」


何やら名探偵ものめいてきて楽しくなり、更に詳しく理由を訊くと、知人は再び身を屈めてタイヤを指さしました。

「新品みたいにきれいだって思わない?
修理・交換レストアなし、走行距離4万5千キロで、この状態は信じられない。表面にも側面にも、ひび割れクラックとかカット膨らみピンチカットが全くない。
運転が荒い人だと、タイヤ奥のカーカスっていう部分まで傷んでたり、ホイールも傷だらけだったりするんだけど。
これだけ自分の車を大事にする人がオーナーだったなら、全体のコンディションが抜群なのはわかりきってる」


実際に営業担当者に話を聞くと、この車の元オーナーはこちらの長年の顧客であり、運転の上手い、きわめて慎重な女性だということでした。
車検の他に追加の定期検診までこちらで一手に引き受けているため、無事故、無修理の良車であることは保証するとの断言つきです。

他にもいくつかの事項の確認後、知人はその日のうちに手付金を支払いました。他所よそでこんな車に出会える可能性はまず無いから、と。

ちなみにこの人はとある自動車会社のエンジニアで、これもやはり職業的な特性からくる、素晴らしい見識の例のひとつでしょう。


他に変わった特技を持つ人はと考えて思いつくのは、歯科衛生士の友人です。
この友人といると気付かされるのが、"人の口元にはいかに多くの情報が詰まっているか"です。

衛生観念、金銭状態、家庭環境、審美眼、社会性など、私でも納得できるもののほか、驚かされるのは、ある人が整形をしているか、そうであるならそれがどのような手術かまで、友人には判ってしまうということです。

歯科解剖学の知識を応用すると、たとえば上の前歯の形によって、顎のラインの整形は一目瞭然だとか、本来の顔型にそぐわぬシャープな頬なら、どの骨を切り奥歯を何本抜いたかが推測できるとか。

人の顔のビフォーアフターを克明に語ってくれる友人にとって、街で出会う人や芸能人の顔は、見応えのある、さながらエンターテイメントのようなものだそうです。
やや小悪魔的ながら、人が隠したい舞台裏が明け透けに見えるのですから、理解できる気もします。


こうしたあれこれをかんがみると、ある分野で研鑽を積んでゆけば、常人には及びもつかない、傍目はためには魔術のごとき洞察力や透視能力が身につくものなのでしょうか。

では私にも何か、とよくよく考えてみて、以前書いた"歩き方を見るとその人の国籍がわかる"という、何とも使いどころの無い特技が思い浮かんでくるのはご愛嬌ではありますが。



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