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誕生日でなくても幸せ

「株価下落がブラックマンデーを超えた!」
数日前の午後、友人からそんな短いメッセージが送られてきました。

友人は多くの株を所有しているため、日々関連ニュースのチェックに余念がありません。
それで今回の"1984年以来の日経平均株価の大暴落"というニュースも、いち早く私に報せてくれたというわけです。


とはいえ私はそういった世界には不案内で、株や証券売買には一切関わった経験がありません。

「今すぐ入り用にならないお金があるなら、銀行に預けておくよりいいよ。大きな儲けにはならないけど損もしない、手堅い銘柄もあるし」
友人にそう言われはしているものの、一円、一ドル単位のお金の動きに目を凝らし、世界情勢や国際政治を横目に見ながらの資産運営は、かなり大変そうに思われます。


「株はともかく我慢が大事。少しくらいのことで一喜一憂してると身が持たない」
友人も語るように、自分のお金が数日単位で増減を繰り返しても、平常心を保たねばなりません。

私は非常にせっかちなうえ、空想癖のあるタイプのため、自分には手の出しようもない領域で起こるあれこれに、とても平然としていられないだろうという予感があります。


友人自身は投資を始めて年数も経つため、今回の未曽有の騒動も、ある程度の冷静さで見ているようでした。
そのため私は冒頭のメッセージに、こう返信しました。
「世界はますます混沌としてるね」

するとすぐさま友人から返答が届きます。
「常識なんてとうに壊れてるのかも」

「浮世に確実なものは無いね」
「ほんとにそう」
「いよいよ心とか見えないものが本当だって思える」
「うたかたの世界で本物の楽しさを見つけながら生きよう」


歴史的な株の暴落の話からこういった結論に落ち着くあたり、私たちは変わっているのか、かえって現実的とも言えるのか。
友人とのやり取りの後、所用のため駅へ向かいながら、私は幸福についてぼんやりと考えていました。

幸福とは何であり、いかにしてそれを得られるか。そんな命題はすでに語り尽くされ、今さら私がつけ加えるべきこともありません。

今までそれなりに幸福論の類も読んでいますし、本気で試してみたければ、その中のどれか、あるいはア・ラ・カルトの良いとこ取りで、つまみ食いして実践すれば良いのです。


できるだけ日陰づたいに歩きながら、そのとき私が思い浮かべていたのは、オードリー・ヘプバーンについてでした。
古の叡智に満ちた賢人や古今東西の哲学者でなく、ハリウッドの伝説的な女優が述べた、こんな短い言葉があるのです。

「成功は誕生日と同じ。ずっと心待ちにして、いざその日が来ても、自分は何も変わらない」


この"成功"の部分を"幸福"に置き換えても、そのまま意味が通るように思います。

幸せになりたい、とは誰しも願うことながら、その詳細はそれぞれに異なります。
たとえばある人にとって幸福とは所有することであり、ある人には人間関係、ある人には出世、ある人には美しくなること。それこそきりがないくらい、様々な願いがあるでしょう。


けれどどの願いも、叶ったところで永遠にその姿を留めるものはありません。

この世界に不変のものはなく、ありとあらゆるものは移ろい、無になり、消えてゆく定めにあります。
お金は減り、物は壊れ、人とは離れ、仕事は消え、美は目減りします。

そうすると、何かを達成して幸せになったとしても、その幸せは対象の消滅と共に霧散します。
せっかく掴んだと思った幸せも、またどこかへ消えてしまうのです。


それを防ぎたいなら、幸せの形を変えるよりなさそうです。

"出来事"よりも"あり方"を選ぶこと。
何かが起こったから幸せになったのではなく、もとより幸せでいる。
幸せは"状態"ではなく"意思"である。

そんな覚悟をすることだけが、周囲で絶え間なく起こる出来事に影響されず、自信を持って穏やかに、幸せでいられる方法だと思います。


何があっても、どう感じ、どんな心待ちでいるかを自分で決め、どんな場面においても幸福であることを選ぶ。
そんなあり方にしっかりとくさびを打ち込むことができたなら、きっと常に揺るぎない幸福の中にいられます。

そんな幸福であれば、誰も手出ししたり奪えもせず、それは誰にも追い立てられない楽園に住んでいるのと同じことです。


人によって幸福のとらえ方は異なりますし、私とは違う考えの方ももちろんいらっしゃるでしょう。

けれど私にとっては、自ら望んで幸福でいようと決意し、心を整えることこそが、幸せになるための理想的な方法です。
誕生日や大きな成功を祝われる日でなくとも、その他の"何もない日々"が幸せなのは最高の一語に尽きます。


そんなことを考えるうち駅に着き、ホームのベンチに隣り合って座った人は、タブレットで株関連のニュース動画を観ていました。
同じように最新ニュースをチェックすると、株価の大変動により、この一日ですでに数千万円、中には資産の半分を失ったという人もいるようです。

幸いにもいくつかの要因により、株式市場の混乱はじき改善する見込みもあるとはいえ、今回のような思わぬ出来事、天変地異のごときショックが、いつ自分にも襲いかからないとも限りません。

そんな折にも、心の安寧を保つこと、微かでも揺るぎない幸福を感じられるような自分でいたいと、電車を待ちながらあらためて感じていました。



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