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犬は吠えるがキャラバンは進む

最近、友人から聞いた意外な事実が"交際開始の記念日を月ごとに恋人と二人で祝っている"というもので、笑うやら微笑ましいやらだったのですが、気がつくと自分も同じようなことをしているため油断がなりません。

とはいえ私の場合、相手は人間ではなく動物で、それも愛犬の誕生日を毎月祝っているのです。

さしずめ、月命日ならぬ"月誕生日"とでもいったところでしょうか。試しに検索してみても、こんな用語はどこにも無かったのですが。


3ヶ月で家に来た当初はとても小さく弱々しく、無事に大きくなるかも心配だった子犬も、9ヶ月となった今では安定感抜群の28キロとなりました。

子犬ならではのトラブルもそれなりに経験し、病院にも詰めて通い、一日入院を果たしたこともあったのですが、十分すぎるほどに健康なため、これに勝る喜びはありません。

ありがたいことに最近はめっきり病院とも縁がなく、獣医さんにお会いすることもないものの、この人がまた、稀に見るような人なのです。


先代犬からお世話になっているため、お付き合いはもう10年以上になるでしょうか。
腕の立つ、文句のつけようがない名医であるのは確実ですが、その一方で、これほど人によって評価の分かれる医師も珍しいかもしれません。

一見すると小洒落たカフェめいた動物クリニックを一人で経営し、全ての診察を単身でこなし、助手や事務の方はいるにしろ、あらゆる細部への並々ならぬ目配りを怠りません。

休診日は週に一日だけ、しかもその日にも手術や入院中の動物たちの世話があるようで、完全に休んでいるとは言えなさそうです。


診療にはどこまでも熱心なのに、商売気がまるでなく、こちらが心配になるくらいお金を受け取ってくれません。
初診料、処置料を請求せず、不必要な検査や高額医療を勧めず、ジェネリック薬があれば必ず案内をしてくれます。

素人相手にも自分の限界を素直に認め、症例によって適任の医師や医療施設への紹介をためらいません。

どこまでも真っ当で、心から信頼に値する医師だと思うのですが、よくある口コミサイトをのぞいてみると、かんばしくない意見も少なくないのです。


その理由は、いわゆる"飼い主の心情に寄り添う"ことをしないからで、考えているのは常に動物たちのことであり、人間については二の次になるからのようです。

飼い主の愚痴や泣き言、要領を得ない相談事には付き合わず、きわめてドライな態度を保っての診察ぶり。それは無駄に時間をつぶすよりも、一刻も早く必要な治療を、という意向ゆえですが、人によっては、あまりに冷たく取り付く島もないように映るのでしょう。


また、治療に関していくつかの選択肢がある場合、この先生は決してどんな診療方針も押し付けません。決めるのは医者でなく飼い主であり、その責任と結果も引き受けるべきだ、という考えによるもので、これも賛否が分かれるところです。

もちろん、こちらが尋ねたことには逐一きちんと答えを返してくれますし、自分ならばこうする、というアドバイスやヒントもくれます。

それでも、医師が全てを決定し、ただそれに従ってついて行く方が楽だ、という人にとっては不満も募るのでしょう。先生もそういった主体性のない飼い主への苛立ちを隠さず、あなたの犬や猫なんですよ、どうしてもっと真剣に考えて自分で決断しないんですか、と叱るような言い方をすることもあるといいます。
わからない、どちらでもいい、という無責任な態度や消極的な関わり方を、診療を続ける上で我慢できないからかもしれません。

結果的にレビューには、咎めるような言い方に傷ついた、難しい決断を迫られても困る、プロとしてはっきり決めて欲しい、という意見が並ぶこととなります。


私自身は先生の考え方に賛成ですが、それに納得のいかない人は、もっと"優しく" "気持ちを汲み取ってくれる"病院に鞍替えするようです。

そういった人たちと、私のように先生のやり方を良しとする人と。
ある人物の仕事ぶりが、相手によって両極端の受け取られ方をし、評価も真っ二つに分かれるというのは、何とも興味深いものがあります。

それは世の摂理であり、避けがたいことでもあるのでしょう。だからおそらく、先生は外側の評価など意に介さず、堂々と、また飄々としています。
離れていく人がいる一方で、待合室は、わざわざ遠方から訪れる人もいるほどいっぱいなのですから。


この先生にお会いする度、自分のすべき仕事を全うすること、そこで最善を尽くすこと、その方法についてどんな声が聞こえようと、いちいち反応して時間を浪費しないことの大切さを思い知らされます。

先生はあまりの激務ゆえ、自然とそんな態度を身に付けたのかもしれませんが、私も自分の信念に従って、もっと内側の声に耳を貸すべきだとひそかに励まされています。

うちの犬が元気でいる限り、この人に会う機会がないのは残念でもあり良いことでもあり、というのが複雑ですが。


ともかく、生誕9ヶ月おめでとう記念に、今夜はいつものドッグフードに、何か特別なおまけをつけることにするつもりです。
私の犬、そして他のどんな犬や猫たちも、健やかで楽しい日々を重ねられることを祈りつつ。



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