今だからもう一度見る、リヒター・ラウムで「ビルケナウ」を
軽井沢のゲルハルト・リヒター作品の常設スペース「リヒター・ラウム」で、その開館1周年を記念した特別企画として《ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(フォト・ヴァージョン)》が開催されている。
会期は2024年10月31日(木)まで。
(当初は9月28日までの予定だったが会期が1ヶ月延長された)
ビルケナウ(フォト・バージョン)
タイトルにもある ”ビルケナウ” はアウシュビッツ強制収容所としても知られるアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所が位置する村の名称。
その強制収容所で労務業務に徴用された囚人、ゾンダーコマンドが命がけで隠し撮りした写真をもとに2014年にリヒターが制作したのが「ビルケナウ(BIRKENAU)」。リヒターの到達点とも評される作品である。
日本では2022年に東京国立近代美術館で開催された《ゲルハルト・リヒター展》で初公開されているので、すでに「ビルケナウ」を目にしたことがある人も多いだろう。
リヒター・ラウムで展示されているのは「BIRKENAU(Photo Version)」。
2014年に「BIRKENAU」を制作後、リヒターはそれを原寸大の写真に収めデジタル化し「BIRKENAU(Photo Version)」としている。
オリジナルの作品がその希少性から特権化することを嫌ったためだが、デジタル化することで多くの場所に簡単に展示することが可能になった。
リヒター・ラウムの「BIRKENAU(Photo Version)」はエディションF。つまり6番目のエディションで、他のエディションはドイツ連邦議会議事堂やポーランド・アウシュビッツの「ビルケナウ・パヴィリオン」などにも展示されている。
ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(フォト・ヴァージョン)
《ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(フォト・ヴァージョン)》展はタイトル作品がメインであるが、関連する作品群と合わせ全19点で展覧会が構成されている。
Raum-2(Room-2)には「ビルケナウ(フォト・バージョン)」と正対するように「グレイ・ミラー(グレイの鏡)」が展示されている。
またゾンダーコマンドが撮影したユダヤ人の遺体を焼却処理する場面の写真4点も展示されている。
ちなみにいつものリヒター・ラウムは館内すべて撮影禁止であるが本展では原則として撮影可能。ただしゾンダーコマンドが撮影したものだけは撮影不可。接写はもちろん写り込みもNG。もっともこのような写真をわざわざ撮影しようとする者はいないと思うが。
Raum-4に展示されている作品。ビルケナウと直接関係なくても、手法が似ているなど関連性のある作品が並んでいる。
いまビルケナウの意味
この特別企画展はリヒター・ラウムを運営するワコウ・ワークス・オブ・アートの ”暴力がはびこるこの世界でもう一度、リヒター・ラウムで「ビルケナウ」を見てもらおう” という思いにリヒターが応えて急遽実現したもの。
2022年からのウクライナ、2023年からのガザ、イスラエル。そして私たちが知らないだけで東南アジアやアフリカやアメリカでも同じような暴力がはびこっているかもれない。そんな今の世界でリヒターが描いて視覚化してくれた人類の業というか重荷みたいな「ビルケナウ」を見ることは大きな意味があると思う。
リヒターが指摘したように、ナチスやファシズムの暴力やジェノサイドが唯一無二のものではなく繰り返される可能性もあることは、特に昨今のニュースを見れば明らか。それだけに「ビルケナウ」がそうした暴力を繰り返さないための道筋を考えたり行動するきっかけを与えてくれることを期待したい。
なお、ホロコーストを題材にしているからといって主催者もリヒターも決して親ユダヤ・イスラエルということではない。また同じ主催者はヘンケ・フィシュをキュレーターに迎えガザを含むパレスチナ出身アーティストの展覧会を開催しているが決して反ユダヤというわけでもないことを付け加えておく。
リヒター・ラウム
《ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(フォト・ヴァージョン)》展が開催されている「リヒター・ラウム」は六本木の現代アートギャラリー、ワコウ・ワークス・オブ・アートが運営するスペースで、ドイツの現代芸術アーティスト、ゲルハルト・リヒターの作品だけを常設展示している。
リヒター・ラウム/Richter Raumは英語だとリヒタールーム/Richter Roomなので「リヒターの部屋」といった意味。ケルンのアトリエ・リヒターを約2/3サイズで縮小し、部屋の構成や内装、窓の大きさやデザインをほぼ忠実に模して建設されている。
場所は軽井沢の旧中山道。旧軽井沢と中軽井沢を結ぶ通称離山通り沿いにある。
日時指定の完全予約制でリヒター・ラウムの公式サイト経由で1ヶ月前から予約できる。
徒歩だと軽井沢駅から20分ちょっと、タクシーだと5分ちょっと。町内循環バスのバス停は近くにあるが本数が極端に少ないので、自家用車かタクシーでの訪問をおすすめしたい。
また会期中の開廊日は原則として木曜、金曜、土曜、日曜。ただし軽井沢のハイシーズンなどは予約ページで開廊日を確認するのが良い。
入館料は一般 1,200円、大学生 800円。中高生は無料だが中学生未満は入場不可である。
オンラインで事前予約しても支払いは現地でとなる。
ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ
リヒター・ラウムの中庭の「ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ(Strip Sculpture Karuizawa)」。
リヒターがリヒター・ラウムのために制作した作品で、ここでしかみることのできない唯一無二の超大型彫刻作品で高さは5mもある。
Strip Paintigは線が水平(横縞)だが、「ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ」の線は垂直(縦の縞)になっている。
それがまたとても新鮮であり屋外ということもあって、まるで天から降りてきたかのような、はたまた地上から天に舞い上がるような躍動感がある。写真でしか見たことはないが、紅葉の季節や雪の中に立つ風景はまた格別でのようである。
常設展のリヒター・ラウムで撮影NGな場合でも、この「ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ」だけはいつでも撮影可能である。
《ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(フォト・バージョン)》展で訪問したらぜひこの作品も見ておきたい。