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《坂本龍一 | 音を視る 時を聴く》 – 高谷史郎や中谷芙二子などとのコラボレーションに注目@東京都現代美術館
東京都現代美術館で開催されている《坂本龍一 | 音を視る 時を聴く》展。
2000年代以降の ”アーティスト” としての坂本龍一の活動を振り返るもので、坂本龍一絡みのインスタレーション作品、十数点が展示されている。
セッション・ミュージシャンやYMOメンバーとしての時代、戦場のメリークリスマスやラスト・エンペラー時代は ”坂本龍一アーカイヴ” として資料展示される程度なので、これら時代の坂本龍一を期待して見に行くと肩透かしをくらうことになる。
坂本龍一のサウンドをキーにしたダムタイプ(dumb type)の高谷史郎、メディアアーティストの中谷芙二子らのグループ展として捉えるのが良いと思う。
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見どころはぶっちゃけ2つ。
高谷史郎との新作を含むコラボレーション数点、それと東京都現代美術館のサンクンガーデンからはみ出さんばかりの中谷芙二子の霧の彫刻である。
高谷史郎とのコラボ作品はICCやダムタイプ関係の展覧会で展示されたものを本展用に再制作したものが多いが、まとめてもう一度見ることができるので良しとしよう。
本展のタイトルである 「音を視る 時を聴く」であるが、これは1982年に坂本龍一が哲学者の大森荘蔵(おおもり・しょうぞう)と行った対話本から。
ニュー・アカデミックブーム前夜での哲学対話だが、もう少し遅れていれば相手は浅田彰とかになっていたのかもしれない。
混雑対応について
特に中谷芙二子の「霧の彫刻 #47662」がSNSでバズって最近では石岡瑛子展、Dior展と比肩するようなとんでもないレベルで混雑しているようである。
そのため混雑対応として日付指定のオンラインチケットの推奨、撮影可・不可作品の変更、動線の変更、臨時の夜間開館などが行われている。
入場待ちなどリアルタイムの情報は東京都現代美術館のX(旧Twitter)などで適宜案内されているが、それ以上の最新の詳細情報は展覧会場で配布されているハンドアウトに詳しいようだ。
東京都現代美術館ホームページでの「お知らせ」よりもハウンドアウトの方の情報が新しいので、本記事もそのハンドアウトを参照している。
また展覧会場まで行かなくても東京都現代美術館のホームページでPDF形式で配布しているので展覧会訪問前にダウンロードして内容を確認しておくのも良いだろう。
《TIME TIME》
展覧会の最初は2024年の新作《TIME TIME》。
高谷史郎(たかたに・しろう)とのコレボレーションである。
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基になっているのは2021年に初演された《TIME》。
田中泯が夏目漱石の「夏十夜」などを朗読し、またパフォーマンスする映像も含まれているのに注目。
笙奏者の宮田まゆみも登場する。
展覧会の最初が20分以上あるこの映像作品なので、展示室に人が滞留して凄いことになっている。混んでいたらいったん他の作品を鑑賞して、空いているタイミングでこの作品を視るのが良いと思う。
なお、2月11日以降、この作品の写真・動作撮影は禁止となっている。
《water state 1》
やはり高谷史郎とのコラボである2013年発表の《water state 1》。
これまでもあちこちで展示されてきたので目にしたことがある人も多いだろう。
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天井の装置からランダムに水滴が落下し水盤を小さな波紋を作り出すというもの。
水盤の周囲に置かれた石も作品の一部である。本来は展示場所に縁のある土地の石を高谷史郎が見繕って運び込むというものだが、本展ではどこから運び込んだ石であるかの説明はなかった。
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この作品は水滴が落下するだけのものではない。
水盤の下にスピーカーが設置され、振動で水盤に大きな模様を描き出す。
この水盤に拡がる模様や落下する水滴を見て、そして周囲の石との関係を考えるところまでが作品なので、必ず水滴の落下と水面の模様の両方を見るようにしたい。
なお、2月11日以降、この作品の写真・動作撮影は禁止となっている。
《IS YOUR TIME》
2011年の東日本大震災の津波で被災したピアノを作品化した2017年発表の《IS YOUR RIME》も本展に合わせてリニューアルされている。
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世界各地の地震データによって音を発する装置として生まれ変わっている。
時々ポロンとピアノが鳴るのは世界のどこかで地震が発生したことを知らせるものだ。
なかなか鳴らないが気長に待ってみよう。
なお、2月11日以降、この作品の写真・動作撮影は禁止となっている。
《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》
坂本龍一のオペラ「LIFE」をもとにしたインスタレーション作品《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》。
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展示室内に9個の水槽が吊り下げられ、水槽に発生する霧と床に投影される映像、坂本龍一のサウンドなどを体験することができる。
水槽を見上げたり、床に投影された映像を見たり忙しいし、それが9基もあるので時間もかかる。が、高谷史郎のコンセプチュアルでスタイリッシュな映像は全然飽きることがない。
《async–immersion tokyo》
アルバム「async」きっかけに始まったインスタレーション《async》シリーズの最新作。
《TIME TIME》同様、大画面を使ったインスタレーション。
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最新作ではあるけど2023年のAMBIENT KYOTOで公開された《async–immersion 2023》の発展型。
動画、そのキャプチャ、そしてノイズのような走査線が作り出す映像は高谷史郎ならでは。
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これはアルバム「async」の制作にインスピレーションを与えた書籍、写真など。
坂本龍一の種明かしとでも言えるだろうか。
ライアル・ワトソンの「水の惑星」、タルコフスキー、カート・ヴォネガットと「スローターハウス5」、フィリップ・K・ディック。
ポール・ボウルズと「シェルタリング・スカイ」。あ、シェルタリング・スカイの音楽は坂本龍一本人か。
80年代のニューアカ、サブカルど真ん中という感じのセレクションである。
そして雪の研究で世界的に知られる物理学者の中谷宇吉郎とその娘の中谷芙二子。
《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662
霧の彫刻が中谷芙二子、光の演出が高谷史郎、サウンドが坂本龍一というスペシャルコラボレーションで、その規模や話題性のどれをとっても本展の目玉とも言えるもの。
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10:30から17:40までの毎時00分/20分/40分に5分間だけサンクンガーデンに霧の彫刻が出現する。
水と石のプロムナードや美術館のエントランスロビーなどから見下ろすだけなら無料。
坂本龍一展に入場していれば通常は立ち入ることができないサンクンガーデンに出て霧の彫刻を体験できる。
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壁の上に置かれた丸い鏡が太陽を反射し、霧の中に光の道が浮かび上がるという演出もある。これはもちろん高谷史郎によるもの。
長野県立美術館や品川シーズンテラスにある中谷芙二子による霧の彫刻は霧だけのシンプルなものだが、こうやって高谷史郎が演出するとまた違った趣の作品になる。
なお、太陽光を反射させる関係上、曇天の日はもちろん、晴天でも太陽の位置が低くなる15:40以降は光の道は出現しない。
それもあるので、坂本龍一展には午前中から遅くとも午後1時までに入場するようにしたい。
そしてもちろん晴天の日がベストだ。欲を言えば多少の風がある日だと霧が吹き流されて劇的な景色を見ることができる。
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中谷芙二子は今は「霧の彫刻家」としての活動が知られるようになっていて実際はそれはその通りなのだが、メディアアートの先駆者としての顔も持っている。
ビデオの出現を誰もが発信できる新しい民主的なメディアとして捉えビデオアートの分野で活動したり、初期Twitterのような世界中の個人がフラットに発信できるメディアの原型のようなシステムを70年代初期にテレックスを用いて実現したりしていた人である。
高谷史郎などから見れば偉大な先駆者ということになる訳で、そんな中谷芙二子の最新作を坂本龍一のサウンドも使って高谷史郎が演出しているのだから、坂本龍一としてもこれ以上にない栄誉だろう。
中谷芙二子の作品のタイトルは 「霧の彫刻 #47662」というように番号が付けられている。この番号には作品としての霧の彫刻が設置された場所に最も近い「国際地点番号」が使われている。国際地点番号とは各国の気象機関及び関係機関が観測地点に割り振った番号で全世界にユニークなものになっている。
#47662 はTOKYO、つまり北の丸公園の観測所ということになる。
なお、東京都現代美術館も、中谷芙二子の作品が常設されている品川シーズンテラスも最寄りはTOKYOなので作品タイトルは「霧の彫刻 #47662」とうことになるが、品川シーズンテラスの方は「霧の彫刻 #47662_Shinagawa」というのが正式な作品タイトルらしい。
東京都現代美術館の「霧の彫刻 #47662」はたぶん展覧会の会期が終われば撤収されると思うが、長野県立美術館の「霧の彫刻 #47610」と品川シーズンテラスの「霧の彫刻 #47662_Shinagawa」は常設である(ただしどちらも冬季休止)。中谷芙二子や霧の彫刻に興味が向いたらそうした展示を見に行くのも良いだろう。
真鍋大度その他コラボレーター
偉大な先達、中谷芙二子と高谷史郎とのスペシャルコラボレーションがとにかく白眉だし、高谷史郎とのコラボも良いが、他のアーティストのコラボレーションも見逃せない。
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例えば中庭で展開されている《センシング・ストリームズ 2024 –不可視、不可聴(MOT version》。
Perfumeのディレクションやリオ五輪閉会式の映像ディレクションなどで知られるライゾマティクス代表、真鍋大度(まなべ・だいと)とのコラボレーションである。少し前に初台のICCで開催されていた「坂本龍一トリビュート展」にも同タイトルの作品が展示されていたが、MOTバージョンはそれとまったく異なる内容になっていた。
他にもタイの映像作家アピチャッポン・ウィーラセタクンの映像とのコラボレーション。1本はティルダ・スウィントン様が眠るもの、もう1本ではタルコフスキーの父親で詩人のアルセニー・タルコフスキーの詩が朗読されるなど坂本龍一趣味溢れるもの。
アビチャッポンは恵比寿映像祭に「a BOX of TIME」という作品を出展していて、そこでは映像ではなく写真という形でティルダ・スウィントンがフィーチャーされている。坂本龍一展と併せて写美でのアビチャッポンも見ておきたい。
またドイツのアーティスト、カールステン・ニコライ(音楽業界ではアルヴァ・ノト)の新作映像とのコラボレーションなども見逃せない。
まとめ
ミュージシャン坂本龍一というより、21世紀になってから ”アーティスト坂本龍一” として参加した主要なインスタレーションを一覧できる展覧会。
それだけでも駆けつける意味がある展覧会である。
特にいつもの高谷史郎に加え中谷芙二子というメディアアートの伝説的人物と坂本龍一のコラボレーションが体験できる「霧の彫刻 #47662」はとにかく貴重。これを体験しておけば将来にわたって自慢できること間違いなし。
そのためには晴天で少し風がある日の午前中に行くのがベスト。冬に霧を浴びることになるので足元も含めて防水、防寒対策はしっかりしておきたい。
年が明けてからはチケットを買うのに30分、展示室への入場待ちで60分といったレベルの混雑が続き、チケットは日付指定のオンライン販売推奨、2月11日以降は写真撮影にも大きな制限が入るようになった。
また3月に入ると18歳以下無料になり混雑もとんでもないレベルになることが予想されるので、2月中の平日に訪問しておくのが良いだろう。
坂本龍一展と同時開催で「MOTコレクション」展と「MOTアニュアル2024」展が開催されている。
前者は坂本龍一展のチケットがあれば無料で鑑賞できる。オラファー・エリアソンなどの作品が展示されているし、イケムラレイコとマーク・マンダースの小企画もあり見応え十分である。
また東京都現代美術館が初めてなら、美術館の内外に設置されている現代アート作品も見ておきたい。
どんなアーティストのどんな作品があるかはこちらの記事に詳しい。