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【#6 吉良陸央】異世界殺戮課外授業~死霊術で優勝って無茶ですよ!!?~
六、吉良陸央
(この記事は2025/2/20に無料公開されます)
純銀の煌めきを放つ刀身が穢れた肉を切り裂き、辺りに腐った血を撒き散らす。だが、その刀身は何かの力に守られているかのように穢れることを知らず、なおも鮮烈な輝きを纏い続ける。その刀を振るう者も同じだ。白を基調とした神々しい全身鎧は、この乱闘の最中にあっても返り血一つ寄せ付けない。
血と汚物にまみれた前線にて、一人、輝くように戦い続ける彼は――、"聖騎士(パラディン)"吉良陸央。不良として知られた彼は、この異世界の地にあっても自慢のリーゼントヘアを崩さず戦い続ける。
彼を取り巻いていた亜人の一匹が、吉良の隙を突くべく背後から果敢に襲うも、しかし、次の瞬間には疾風の刃に切り刻まれ、無惨な姿と化して崩れ落ちた。
吉良の傍らで彼を守るのは"魔術師(メイジ)"麻倉楓。以前からの吉良の恋人であり、吉良同様、不良としてクラスメイトからは畏れられ、遠ざけられていた。
二人の奮戦は続いた。だが、それにも終わりが訪れる。ゴブリンの最後の一匹を吉良が峰打ちで昏倒させた後、むせかえる血の匂いの中で"聖騎士"は……
「つ、疲れたぁーッ!!」
その場にドスンと座り込んだ。麻倉も困憊した様子で吉良にもたれかかった。周囲にはゴブリンやホブゴブリンと思しき亜人たちの死体が幾重にも重なっている。
「大丈夫、襲撃者はこれで全て。討ち漏らしもないわ」
麻倉は風紋解読魔法(オーラ・アナリシス)を用いて、周囲の状況を抜け目なく確認した。万一、討ち漏らしがあっては大変だ。彼らの背後には小さな農村がある。そこでは農具を手にした男たちが、頼りない防護柵の後ろで息を潜めて彼らの戦いを見守っていた。多くは包帯を巻き、松葉杖を突いている。手や足、目や鼻などを欠損している者も少なくない。それでも彼らは幸運だった。"聖騎士"が到来するまで生き延びることができたのだから。
「前回にも増して数が多かったな。次も増えるなら二人じゃキチィな」
「そうね。……九音とも合流できるといいんだけど」
「いつまでもここに足止めされるワケにもいかねえ。クソが! ……コイツで何とかなりゃいいんだが」
そう言いながら、吉良が気絶した亜人を見下ろす。二人の脳内ではレベルアップを知らせるアナウンスが繰り返されている。NPCの亜人と言えども、これだけの数を倒せば相応の見返りがあるようだ。だが、二人はそれを無視して村の方へと歩き出した。気絶したゴブリンを引きずりながら。
村民たちの感謝の視線を一身に浴びながらも彼らは粛々と進み、村の端の民家へと辿り着く。そして、そこで吉良は、
「片付いたぞ」
伝えた。誰よりも、外の状況を強く憂慮していたであろう男に――。
「傷は大丈夫?」
麻倉も声を掛けた。相手の男はためらいがちに頷いた。
「ああ……ありがとう。でも、それよりも今は……」
そう言ってゴブリンを指さした。
彼は――、阿山田享。崎山、屋木村と同じイジメグループの一人で主犯格とも言うべき男だ。
阿山田の左足には血まみれの包帯が巻かれている。
左足は太腿から先を欠損していた。
*
引きずってきたゴブリンを吉良が投げ捨てた。
阿山田は苦痛にうめきながらもベッドから這い出ると、未だ昏倒している亜人に向けてナイフを構えた。倒れ込み、覆い被さるようにナイフを突き立てる。
「くッ……うっ……!」
苦労してゴブリンの肉に刃を捩じ込ませる。ゴブリンが覚醒し、暴れ出そうとするが風による枷がその手足を封じている。それでも今の阿山田には大仕事だった。吉良と麻倉は阿山田の奮闘を黙って見守っている。そして数分後――、
「はぁッ……はぁ、はあッ!!」
阿山田は青い顔を血まみれにして息を荒らげさせた。その側には物言わぬゴブリンが転がっている。
「洞窟(ケイブ)ゴブリンだ」
阿山田が言った。彼の脳内では亜人に関する生物学的知識が溢れ出していた。種族特性や分類、ステータスなどの情報がとめどなく湧き出しては次々と表形式で脳内に整理されていく。さらに脳内に村落周辺の詳細な地理情報が提示され、そこにも新たに得られた種族情報が追加されていく。
阿山田は村民に地図と筆記用具を求めると、洞窟ゴブリンの推定棲息地を確率付きで地図に書き込んでいく。
「周囲にある洞窟はこの四箇所だ。距離や成員数などから見て、中でも最も可能性が高いのは、ここだ」
洞窟の一つを彼は丸で囲った。村からはやや離れた位置だ。吉良と麻倉がそれを見て頷いた。先程、苦闘の末にゴブリンを一匹仕留めてレベルアップした阿山田は、スキル「生物学知識:亜人種」を解放し、この推定へと至ったのだ。
阿山田享のクラスは"学者"。レアリティはUC。
決して戦闘系の職種ではない。実戦的なスキルは一切習得しない。代わりにスキル取得により、この世界に関する情報をいくらでも仕入れることができる。地理、経済、歴史、医学、生物学、魔法学、神学、神秘学――、スキル振り次第では、この世界の住人たちが育んできた知の累積を超えて"知る"ことができる。
「元を断つっきゃねえな」
と、吉良が呟く。
「あいつら、まだまだいるよな?」
「ああ。洞窟ゴブリンは集団性がある上に繁殖力も高い。前回の襲撃で村の女も数人さらわれている。時間を置けば兵を集め、子を産む。今のうちにゴブリンキングを討つべきだろう」
「そのキングを討つと、どうなるの?」
麻倉の問に阿山田は先程得たばかりの知識を総動員して答える。
「結束が乱れる。ゴブリンどもは小集団に別れ、互いに覇権争いを始める。次世代のキングが誕生するまで一年は掛かるはずだ。それまでは大規模襲撃はない」
「ってコトは、キングだけ殺りゃいいのか。タイマンに持ち込めればベストだな」
「ああ、吉良の戦力なら一対一に持ち込めれば間違いなく勝てる」
その結論も阿山田の得た知識によるものだった。ゴブリン相手なら一対一でなくとも、相当数に囲まれても吉良が負けることはないだろう。
阿山田の目から見ても吉良は強い。相当に強い。レアリティRのクラス"聖騎士"は聖別された特殊な武器防具が装備できることと、邪霊や死霊の類への特攻スキルを持つことを除けば、実際のところ劣化戦士と言って過言ではない。彼の強さはクラスではなく吉良自身の戦闘適性にある。命懸けの戦闘の最中にあっても、怯まず、逆上せず、冷静に戦い続けることができる。単純に踏んできた場数が違うのだろう。加えて、麻倉楓という信頼できるパートナーと既に合流済みだ。
「さっさとキングをブチ殺して……俺は行かなきゃならねえ!」
もし、吉良とまともに戦うことになれば阿山田に勝ち目はなかっただろう。たとえ五体満足でも極めて難しかったはずだ。そう……
「もう、みんなたくさん死んでるんだ! 俺が、この惨劇を止めねェと……!」
吉良がこのような性格でなかったなら、阿山田はもう終わっていただろう。義憤に叫ぶ吉良の目には涙が滲んでいる。麻倉楓も隣で沈痛な面持ちを浮かべていた。
*
阿山田を含め、誰もが理解していなかったし、そもそも知ろうともしていなかった。クラスの不良グループである吉良陸央のことを、麻倉楓のことを、そして薬丸九音のことを。
皆から畏れられ、遠ざけられていた吉良が、しばしば授業を早引きして向かっていた先が工事現場であったことを。そこで稼いだ日銭で、病身の母に代わり多くの妹弟に飯を食わせていたことを。彼の留守中、麻倉楓が彼の妹や弟たちのために手料理を振る舞い、宿題を見てやっていたことを。絶望の淵に沈んでいた薬丸九音を助け出したのも二人だった。
確かに吉良は喧嘩も多かったが、それは中学時代に轟かせてしまった悪名のせいであったり、友人や後輩のいざこざに巻き込まれたりで、自分から厄介事を起こすことはなかった。だが、顔面を傷だらけにした厳ついリーゼントヘアの吉良が登校してくれば、皆は様々なストーリーをそこに読み込み、彼から目を逸らしてしまう。
「たったの十日で、もう八人も死んでいる。このバカげたゲームをなんとか止めないと……!」
その吉良が吐き出すように言った。
しかし、実際どうすれば良いのだろう。その答えは阿山田にも分からない。
"神"のゲームに乗って、唯一の勝者を目指す道なら見えている。だが、"神"のゲームをひっくり返すとなると、何をどうすれば良いのか全く分からない。山本葉子が"神"を斬り殺しても即座に代わりが現れた。おそらく、あれは物理的実体というよりは何らかのシステムなのだ。自分たちを異世界へと送り込むデタラメな力を持った相手に対して一体どうすれば良い?
「巻き込まれてンのはクラスの奴らだけじゃねえ……」
吉良の言葉に麻倉も表情を暗くした。
この村を訪れる前に、吉良と麻倉は滅びた村を訪れたという。ただ滅んでいた訳ではない。その村の住人は生きる屍と化していた。多勢に無勢、取り囲まれた二人は這々の体で逃げ出した。吉良が"聖騎士"でなければ、その時点で彼らのゲームは終わっていたかもしれない。
「そこから離れた別の村もゾンビまみれだった。……ゾンビの中に……剛田もいた。だから、たぶん……」
吉良の推理はおそらく正解だ――、"学者"阿山田享はそう考えている。彼の脳内には今回のゲームに参加しているクラスメイト一覧も存在していた。その中に"死霊術師"のクラス特性と初歩的なスキルの情報がある。たぶん、クラスの誰かが……"死霊術師"なのだ。
そいつはゲームが始まってすぐに、何の関係もない村人ごと術に掛ける程に冷酷で……覚悟が決まっている。一体、何者なのだろうか? 何人かの候補が浮かんだが、阿山田は少しだけ……ヨワシのことも想像した。あいつはきっと全てを恨んでいたはずだ。自分たちのことも、助けなかったクラスメイトのことも。
吉良が表情を険しくして言った。
「殺し合いなんて……誰もしたくないはずだ! だが、少なくとも一人、この世界の村ごとクラスメイトを殺し回っている"犯人"がいる。きっと何か事情があるんだ。……そいつを止めないと!」
吉良の顔には焦りの色が濃い。"犯人"を止めたくとも、ゴブリンから周期的に襲撃を受けているこの村から彼は離れられないのだ。
しかし、先のレベルアップによって、それも少し事情が変わってきた。
「阿山田、俺たちは行くぞ。ゴブリンキングを討つ」
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