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タコス・ハラスメント(レビュー『ザ・メニュー』)

オススメ度:★★★★☆

 孤島に佇むレストランを訪れた若いカップル(アニャ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト)。そこではシェフ(レイフ・ファインズ)が極上のメニューを用意している。しかし、レストランのゲストたちはこのディナーに衝撃的なサプライズが待ち受けていることに気づくのだった…。脚本 セス・レイスとウィル・トレイシー、監督 マーク・マイロッドが贈るダーク・コメディー。

 なかなか珍しいレストランを舞台としたホラー(コメディ?)映画である。このテーマでどうやってホラーをやるのか? 皆さんもなかなか想像できないと思う。

 食とホラーの組み合わせだと、まず最初に思い付くのは人肉料理であろう。しかし、これはあまりにもありふれすぎている。昨今では『ビーガンズ・ハム』が話題となったが、あれはあらすじの時点でそのコンセプトを打ち出していた。

 一方で、本作はホラー性の核を隠しているので、その種明かしが、「ジャジャーン、実は人肉料理でした!」ではガッカリしかない。というわけで、見る前は「まあ、人肉料理はないな」「大前提としてそれはないな」という気持ちで、どういう違った見せ方をしてくるのかを楽しみにするわけだが、ひとまずご安心頂きたい。本作に人肉料理は出てこない

 さて、本作の舞台となるレストランは一食が1250ドルの高級レストランである。こういうレベルになると、われわれ庶民にはなんだかよく分からない。どういう高級食材や高度サービスが提供されるとそういう値段になるのか? で、(実際の高級レストランがどうかは知らないのだが)本作ではその「高価さ」は芸術要素により裏打ちされている。

 つまり、シェフの作る世界観や物語性をコースに込めることで、ある種の作品としているわけだ。実際、シェフは一品出すごとに一席ぶつので、これは見ようによっては食材と味覚を使った演劇のようでもある。そして、本作のホラー性はその芸術性の逸脱により生まれている。

「逸脱」を序盤で感じられるのが2品目のパンだ。シェフは長広舌を垂れた挙げ句に「パンのないパン」を出してくる。ジャム的なものだけが皿の上に乗ったものだ。それに対して批評家などが「意表を突かれた」「階級による食の違いがうんぬん~」などと戸惑いながらも評価していく。

 まあ、お分かりいただけると思うが、これでは物語性はあっても腹は膨れないのである。この辺が「逸脱」であり、「逆転」と言っても良い。食の芸術性を高めた結果、「腹を膨らせる」という食の最低限の機能が軽視している。この傾向がここからエスカレートとしていき、タコスが出た時にはトルティーヤにレーザーで絵が描かれているのだが、それが客たちの隠したい秘密や過去の悪行だったりする。メシがまずくなる! タコス・ハラスメントだ!

 そんな感じで過去語りや暴露大会、反省会などを交えつつ、さらにはデスゲーム(!)にまで発展していくのだ。メシがまずすぎるだろう……。

 さて、この映画の前半を通してずっと面白いのが主人公(と最初は思っていた)タイラーだ。彼はシェフの大ファンである。そんな彼は、明らかに常軌を逸しつつあるフルコースに他の客たちが戸惑い、怯える中、一人、メシに対する執着を続ける。ヒロインのマーゴの皿まで取って食うほどだ。

 そのくせ、料理の写真は撮るわ(シェフから写真撮影禁止と言われていた)、ヒロインの皿を取ろうとして落として粗相をするなど、シェフ側からも「なんやねん、コイツ」みたいな目を向けられる。われわれ視聴者からしても、

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