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人事部長vsおすもう殺人鬼(レビュー:『地獄の警備員』)

オススメ度:★★★★☆

『スパイの妻<劇場版>』でベネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた黒沢清監督による傑作Jホラー。松重豊が凶暴で謎めいた警備員を怪演している。バブル景気で急成長を遂げる総合商社に二人の新人がやってきた。ひとりは絵画取引を担当する秋子(久野真紀子/現 クノ真季子)。そしてもうひとりは巨体の警備員・富士丸(松重豊)。元力士の富士丸は兄弟子とその愛人を殺害。しかし精神鑑定の結果無罪宣告されていた要注意人物だった。秋子が慣れない仕事に追われる日々の中,警備室では目を覆うばかりの惨劇が始まっていた。恐怖の一夜を支配する警備員の影が迫る!

 黒沢清監督作品は難解で、正直、よく分からないことが多いのだが、本作は分かりやすいホラーで普通に楽しめた。また、1992年公開作品という時代性から、バブル景気のニュアンスを感じ取ることもできる。……実際、作中で描かれてるような取引はバブル崩壊により大ダメージを受けたことと思うが。

 本作のあらすじは独特だ。まず「殺人鬼が元力士」というのは、それだけでどうしてもギャグテイストになってしまう。しかし、実際、作中ではおすもうさん要素はほぼ出てこないので、意識しなければこれは大丈夫だろう。富士丸はちゃんと怖いので安心して欲しい。

 今回は殺人鬼が「警備員」である。ホラーにおいて、本来頼るべき相手が恐怖の源となっている展開はしばしばある。「警備員」という属性はトラブル時に頼るべき相手であるだけに、その「警備員」自体が殺人鬼だともう誰にも頼れない。そういう恐怖がある。

 とはいえ、ホラー作品において「警備員」が物事を解決してくれた事例を私は知らないのだが……。ホラーにおいて「警備員」は相当に格の低い存在であろう。全然なんとかなる気がしない。というか、そもそも警備員が出てくること自体あまりない気がする。『呪怨』において、警備員が巻き込まれて死んだことくらいしか私には記憶がない(あれは「家に入ったら殺す」ルールを伽椰子が無視した数少ない事例だ)。

 話は逸れるが「本来頼るべき相手が恐怖の源」で、もっともよくあるパターンが「親が怖い」であろう。これも最初から最後まで怖い親であるよりも、ある程度、庇護者としてちゃんと振る舞ってから豹変した方が怖い。

 さて、本作の富士丸だが、「元おすもうさんの警備員」なんていう、どうやっても殺人鬼のカリスマが生まれそうにない設定ながら、ここはかなり巧くやっていた。ちゃんと独特の不気味さを持った殺人鬼に描けているのだ。

 非常に高身長だが横幅はなく、「おすもうさん」の丸いシルエットとも異なっている。というか、シルエットはぶっちゃけ、加藤――『帝都物語』の加藤保憲だ。軍帽のような帽子、軍靴のようなブーツ、コートなど「警備員と言われればギリギリ納得するが……」というレベルで、ほぼ加藤をやっているのが富士丸である


上:加藤

 抑揚のないポツポツとした喋り方も独特の不気味さを醸し出しているし、なにより、「犯罪を長くごまかす気がない」割り切った犯行スタイルが怖い。警察の逮捕を恐れるなら、殺した相手を隠したり、証拠を残さないようにするなど、ある程度、立ち回りに気を使うものだが、そういう配慮がほとんどない。目の前の人間を殺すことが優先で、保身的な立ち回りは二の次、三の次となっている。そもそもなぜ殺すのか、よく分からないところも怖い。

 そんな富士丸が、就業3日目くらいで「よーし、もういいや、皆殺しにすっぞ!」となってから、会社が閉鎖状態になり、外に出られなくなった社員たちが殺人鬼相手に籠城することになる。このへんからは「よくあるホラー」なので、特に見やすい。

 とはいえ、ただの商社ビルのくせに「内部から開けれない」状態になりすぎだという気はするが……。この作品では、社員たちがしょっちゅうビル内に閉じ込められる。その挙げ句が「社員全員会社から出られなくなる」わけで、この辺はご都合主義にしても凄まじい。

 そんな殺人鬼警備員の富士丸だが、その周囲の人間もたいがいである。黒沢清監督の世界観なのか、この作品に出てくる会社員は大抵がクズであり、セクハラ、パワハラ的なムーブがすごい。警備員たちも真っ当ではなく、そもそも最初は富士丸の犯行を見逃しているし、なんなら利用しようとさえする。たまたま会社の設備を直しに来た女性技術者ですら、直すべき設備に思い切りケリを入れるなど、まともとは言い切れない。90年代初頭という時代性を鑑みても、登場人物ほぼ全員の頭のネジが一本二本飛んでおり、富士丸が本格的な猟奇殺人鬼ムーブを始める前から「なんかこいつらみんな怖い」感覚がつきまとう。

「むしろ殺人鬼が本格始動してからの方が普通のホラー映画として見れるので安心した」

 なんてコメントまで飛び出てきたほどである。

 そんな中、本作のヒーロー枠である人事部長の兵藤さんは一味違っていた。この人、社内政治や新規事業において突出した能力の持ち主として描かれてはいるのだが、それはあくまで「サラリーマンとしてスゴイ」というだけのはずである。しかし、本作ではその凄味を「殺人鬼に対処するヒーロー」としての凄味へとスライドさせており、猟奇殺人鬼とその被害者たる死体を前にしても、悠然と煙草をふかして交渉を行うなど、只者ではない貫禄を見せている。


 …………いや、おかしいだろ。

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