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【#3 朝ヶ谷四季】異世界殺戮課外授業~死霊術で優勝って無茶ですよ!!?~
三、朝ヶ谷四季
「不二崎……くん?」
彼女が――、朝ヶ谷四季が変わり果てた自分を不二崎悠だと認識してくれたのは、ちょっとした奇跡のようなものだった。
不二崎の心中をよぎったのはまずは安堵の念だ。彼女は彼が想いを寄せていた相手であるし、クラス委員長としての朝ヶ谷の普段の毅然とした佇まいを思い出してもいた。こんな訳の分からない有事であっても、彼女に従えば、ひょっとして乗り越えられるのではないか――、と。
だが、その頼りの彼女がーー、不二崎の目の前で、ぺたりと脱力したように座り込んだ。
「良かった……良かったぁ……。私、何がなんだか、もう全然分かんなくて……」
不二崎はハッと気付かされた。
戸惑わないわけが……ないじゃないか。こんなメチャクチャな事態に巻き込まれて。
朝ヶ谷だって不安だし怖気付いて当然なのだ。なのに自分は……何を考えていた? 情けなくも彼女に頼ろうとした。怖いのも、絶望していたのも、自分だけではないのに……。
「ねぇ、私たち、一体何をさせられてるの? この服は何? ここはどこ? 葉子ちゃんも、死んじゃった……」
不二崎に会えて張り詰めていた気持ちが緩んだのか。朝ヶ谷はぽろぽろと泣き始めた。そんな彼女を必死に励ましているうちに不二崎は気付いてしまう。
彼女には……朝ヶ谷四季には自分たちが持っているような基礎的な知識が――、例えば異世界転生だとかファンタジーゲームだとかデスゲームだとか、そういった知識がすっぽりと抜けていた。なるほど、これは混乱もするだろう。彼女のクラスは「勇者」だが、その意味すら彼女は何も分かっていないようだった……。
不二崎はしどろもどろになりながらも自分の知る限りの知識を伝えた。朝ヶ谷は素直にウンウンと頷きながら聞き続けた。必死に朝ヶ谷に教えているうちに不二崎自身も多少ながら落ち着きを取り戻してきた。朝ヶ谷は才色兼備、文武両道の才女だ。状況を説明すれば、彼女がしっかりと理解すれば……一緒にこの地獄を生き抜く方法を見い出せるかもしれない。一人では無理でも、朝ヶ谷と協力すれば、きっと。一番最初に出会えたクラスメイトが朝ヶ谷なのはとびきりの幸運だった……。
だが、その時ふと、彼の脳裏を財善摩利也の言葉がよぎった――。
「他の誰も信じるな。接触も相談も危険だ。まず俺を探すんだ。いいな?」
けれど、不二崎はすぐにその言葉を脳裏から追い出した。今、目の前に朝ヶ谷がいて、協力体制を築けそうなのだ。第一、今、彼女の前から走って逃げ出せとでも言うのか?
「勇者ってのは一般的に特別な立ち位置のクラスなんだ」
不二崎の説明はファンタジーの世界観から始まり、異世界転生やデスゲームを踏まえて、個々のクラス解説にまで踏み込もうとしていた。彼女の置かれた状況を説明して、次いで彼女自身の立ち位置を理解させる。ここまで押さえれば最低限の状況把握は成り立つと考えていた。
「勇者は武器も使えて魔法も使える。でも、肉弾戦では戦士に及ばず、魔法も魔法使いには勝てない。良く言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏。けど、こんな状況で生き抜くには手数が多い方がきっといい。クラスとしては"アタリ"だと思う。たぶん、ラッキーだ」
「アタリ……なの?」
「う、うん。きっと、たぶん!」
「不二崎くん」
朝ヶ谷はクスッと笑った。
「励ましてくれてるんだよね。ありがと」
「あ、うん……」
不二崎も不器用に笑い返した。流石は朝ヶ谷だ……と彼は思う。不二崎の心中を見抜く程に、彼女は早速落ち着きを取り戻し始めている。
「じゃあ、私もそのうち魔法が使えるようになるのね?」
「た、たぶん……。僕はさっき、ちょっと、一悶着あって……。その時に使える魔法が増えたんだ。おそらく、魔法をうまく使ったり……その、誰かを傷付けたりすると、経験値が溜まってレベルが上がるんだと思う」
「レベルが上がるとスキルポイントがもらえて魔法や新しい技を習得できるんだよね」
朝ヶ谷は背負った鞘から、苦労して諸刃の剣を引き抜いた。
「今、私の武器はこの剣だけ。でも、たぶん肉体的にも強化されてると思う。この剣の重さも、ほとんど感じないから」
「あの、朝ヶ谷さん、マジックアイテムは……?」
「マジック……? ああ……」
朝ヶ谷はシャツの中に手を入れて、胸元からペンダントのようなものを取り出した。首から下げていたようだ。
「これなんだけど、"ハズレ"だと思う。あの女神は"思い出すのペンダント"って言ってたけど」
なんだか妙な名前のアイテムだ。ともあれ戦闘向けとは思えない。
「これをね、持って念じると、どんなことでも思い出せるの。だから、私、一人きりだった間、ずっとパパやママ、妹の優香のことを思い出しながら、歩いてて……」
「妹が、いるの?」
不二崎はその事実に強い親近感を抱いた。だから、絶対に、なんとしても、朝ヶ谷と一緒に元の世界に帰りたい、と強く思った。
「でもね、思い出せば思い出す程、寂しくなって……なんで私、こんなことに……」
涙ぐんだ朝ヶ谷に不二崎は掛ける言葉が見つからない。
「ごめんね。困ってるのは不二崎くんだって一緒なのに。私ったら、不二崎くんに頼ってばかり……ごめんね」
「い、いや! あの、その、僕……」
僕なんかで良ければいくらでも頼ってくれ! その言葉がスルスルと出てくる程、不二崎は垢抜けていなかった。
「ねえ、不二崎くんのことも教えて。私はたぶん、あまり力になれないから……」
「い、いや! ぼ、僕の方が"ハズレ"だよ。本当に、どうしょうもないクラスで」
「いいから。二人で考えれば、何か活用法が浮かぶかもしれない」
不二崎はドギマギとしながらも必死に自分のクラス"死霊術師"のことを説明した。さっきの村でのいざこざは無理矢理ぼやかしながらも、死霊術師にできることを必死に語った。あまり使い勝手が良くないことも包み隠さず話した。朝ヶ谷も複雑な顔で頷いていた。彼女にも何の活用法も浮かばないようだ。それはそうだ。不二崎は語りながらも、どんどん卑屈な想いに囚われていく。本当に、なんで僕はこんなハズレくじを引かされたんだ……。あまりにも不平等。目の前の女子との格差が大きすぎる……。
「ありがと……。クラスについては大体分かったかな。不二崎くんのマジックアイテムはどうなの?」
「あっ、これ? うん、これはちょっと危なくって。モンスターがランダムで召喚されるんだけど、僕に支配権がないからさ。ただ現れて暴れるだけっていうか」
「……ねえ、待って! それって、もし何かの手段でそのモンスターを倒すことができれば……」
「あっ!」
不二崎の脳裏にハッと閃くものがあった。そうか! その手があったか!
今ならできる。朝ヶ谷の協力があれば、可能だ! 「混沌の柘榴」でモンスターをランダム召喚し、強そうなら逃げる。倒せそうなら朝ヶ谷に倒してもらう。そして、倒した死体を操れば……モンスター軍団を結成できる! 「リアニメイト」で動かした死体なら不二崎自身が操作権を握れるのだ。
朝ヶ谷は静かに黙って何かを考えている。おそらく、彼女も同じ考えに至っているはずだ。朝ヶ谷が手を差し出してきた。
「ちょっと、その杖いいかな? 一つ確認したいことがあって」
うん、と頷いて不二崎は「混沌の柘榴」を手渡した。朝ヶ谷は杖を持って、それをいろんな方向から眺め、両手で握って軽く力を込めたりした。そして、
「えい」
へし折った。両手で握った杖を己の膝に押し当て、力を込めて杖を真っ二つにした。それから傍らに置いていた剣を手に取った。不二崎は動けなかったし、朝ヶ谷が何をしたのかも理解できなかった。彼の体がようやく動いたのは、朝ヶ谷が手にした剣を大上段から振り下ろしたその瞬間だ。
「いっッーー!」
後ろによろけつつも反射的に持ち上げた左腕に熱いものを感じた。しかし、熱などではない。痛みだ。続いて赤色。迸る液体。血ーー。
「ひッ、ひいいいィ……!」
不二崎は目を見開き、尻もちを付いて必死に後ずさる。左腕の肘から先が失われていた。とんでもない量の血がそこから溢れ出ている。
「ごめんね、ごめんね、不二崎くん」
両刃の剣を構えたまま朝ヶ谷が近付いてくる。不二崎は半狂乱になりながら残った右腕を必死に振り回した。無論、何の意味もない。
「不二崎くんが教えてくれたから。私、理解できた。デスゲームって何なのか。どうすればいいのか。今の自分が置かれてる状況がどれだけ不利なのか……」
「なんでっ! そんなっ、なんで!?」
「勇者は、たぶん弱い。レベルアップしないとほとんど誰にも勝てないと思う。もし、勝てるとしたら……」
そう、虎の子のマジックアイテムを迂闊に手放した、無力で間抜けな魔法職くらいだろう。
「ごめんね。色々考えたんだ。不二崎くんと、一緒に頑張る可能性も考えたよ……。でも、モンスター軍団を作っても、不二崎くんが支配権を握るのなら私は最後に詰む」
そんなことするわけない! 朝ヶ谷のことは裏切らない! そう言いたかった不二崎だが、もはやどうにもならない。
「それに、不二崎くん、さっきは誤魔化してたけど、村から追い出されたんだよね?」
不二崎の頭が真っ白になる。彼はまさにその点に悩んでいたのだ。呪われた死霊術師、不二崎悠は村にも立ち寄れず、水も食料もまともに得られない。朝ヶ谷一人なら勇者らしい歓迎が期待できるだろうが、不二崎を連れて歩けばそうもいかない。彼女には”死霊術師”は重荷でしかない。
つまるところ、彼女は無力な不二崎をいの一番に殺して、経験値に変えて、自分の能力を強化することこそが合理的なのだと、そう結論したのだ。流石は朝ヶ谷四季。才女である。十分に落ち着きを取り戻し、状況を踏まえて思考を巡らせれば、合理的な「正解」を見い出せるし、それを実行する胆力もある。だが、
「だから、ごめんねーー。少しの間だったけど、ありがとう、不二崎くん」
だが、彼女にも誤算があった。ほんの些細な誤算だった。彼女の両の瞳が罪悪感でわずかに潤み、それでも非情に徹して剣を振り下ろさんとした、まさにその瞬間である。
「ーーっ!?」
朝ヶ谷四季が不意にバランスを崩し、前のめりに倒れた。それと同時に不二崎が手近にあった拳大の石を掴み、狂った絶叫を上げながら朝ヶ谷に襲いかかった。朝ヶ谷は慌てて起き上がろうとするが、右足首を何者かに掴まれている。その正体を知った彼女はギョッとして目を見開いた。
腕だ。
切断された不二崎の左腕だ。青黒く変色し干からびた枯れ木のような腕が彼女の足首を掴んでいる。「リアニメイト」ーー、死体を操作する死霊術は欠損した己の腕をも対象とした。
「ああああああァッ!?」
不二崎は残った右腕に力を込めて、恐怖と怒りの感情のまま朝ヶ谷に殴りかかった。ほとんど倒れるように振り下ろされた右拳の石が朝ヶ谷の顔面に運良く直撃する。
少女は呻き声を漏らしながら倒れ込んだ。鼻から大量の血が流れ出し、可憐な赤い唇を覆っていく。明らかに鼻骨骨折している。不二崎の千切れた左腕が朝ヶ谷の体の上を這いずり、その首元へと達した。
「うッ……ぁ」
朝ヶ谷が呻く。枯れ木のような指が少女の首を締め付ける。彼女は取り落とした剣を必死に拾おうとするが、不二崎は朝ヶ谷の上に馬乗りになって必死に右拳を振り下ろした。朝ヶ谷の顔面一点狙いで何度も何度も握りしめた石を振り下ろす。
「あああッ、ああああッッ、ああッ!」
狂ったように何度も殴りつける。朝ヶ谷の顔が真っ青に膨れ上がり、裂傷が顔中を覆って赤く染め上げていく。朝ヶ谷も必死に抵抗し、不二崎の横腹を殴りつけてくる。痛い! 物凄い剛力だ。腹を一発殴られるごとに目の前が真っ白になり胃液が口から溢れ出す。
それでも不二崎も命懸けだ。痛みも苦しみも全てアドレナリンに任せて流し去り、ひたすらに朝ヶ谷の顔面を殴り続ける。死なない。全然死なない! クラス「勇者」の肉体強化は防御面にも発揮されるのか。勇者でこれなら肉弾戦が本職の戦士や聖騎士に殴り合って勝つなど絶対に不可能だろう。
ひたすらに叫び続ける。何百回、石を振り下ろしたのか分からない。しばらく前から腹を襲う痛みは消えていた。朝ヶ谷も微動だにしなくなっていた。それでも不二崎は朝ヶ谷を殴り続けた。怖かったからだ。当然だ。「もうよせ、死んでいる」そんなことを言ってくれる誰かがいなければ、こうなるのも仕方がない。
「ああ……ああああああ……あ、ああああ……」
その不二崎の右腕が唐突に止まった。ぶらんと右腕が垂れた瞬間、朝ヶ谷に馬乗りになったまま彼は失禁した。全身は麻痺したかのように硬直してピクリとも動かせず、凄まじい虚脱感に囚われる。指一本すら動かせないほどの脱力。アドレナリンの過剰分泌後の身体反応としては一般的なものである。不二崎は力なく朝ヶ谷の上から崩れ落ちた。
ーー僕は、
もはや、誰のものかも判別不能なまでに変質した朝ヶ谷の顔と至近距離で向き合いながら、不二崎は、
「早く、家に……帰りたかっただけ、なのに……」
消え入りそうな声で、泣きながら呟いた。
今、家では彼の妹、不二崎菜々が兄の帰りを待っているはずだ。彼ら兄妹に酷い虐待をしていた両親に不二崎が決死の逆襲をしてから、両親は家を明けがちになった。帰ってくるのは週に一度。それが半月に一度になり、月に一度になり、今はもう数ヶ月帰ってこない。最初はそれでも幾ばくかの金を置いて行ったから、不二崎がバイトをすることで凌げたが、今はそれも途絶えた。足りない。生活ができない。平和は勝ち取ったが、生き抜く金がない。
だから、あの日ーー、文化祭のクラス会議をしていたあの日、不二崎が帰宅次第、二人は児童相談所に行くつもりだったのだ。妹は心に傷を負っており引きこもっている。自分から外に出ることは絶対にない。家に食料はいくら残っていただろうか。カップ麺くらいは作れるだろうけど、米は炊けるだろうか。食糧は買い溜めていたが、それもどのくらい持つ? 不二崎はそればかり考えていた。早く帰らないと、妹はずっと家で自分を待ち続ける……。早く……早く、帰らないと……。
「レベル3に上がりました。スキルポイントを1獲得します」
「レベル4に上がりました。スキルポイントを1獲得します」
「レベル5に上がりました。スキルポイントを2獲得します」
「レベル6に………………」
呆然と脱力し続ける不二崎の脳内で、景気の良いアナウンスがファンファーレと共に繰り返し鳴り響いていた。
いつまでそうしていただろうか。不二崎の傷口と朝ヶ谷の死体に蝿がたかり始めた頃、少年はようやく動き出した。到底動けない程の強烈な脱力感を押して立ち上がった彼の瞳は黒く輝いていた。
千切れた左腕は今も朝ヶ谷の首を締め付け続けている。彼はそれを引きはがすと、左腕の切断面に押しつけてローブの切れ端で縛り、無理矢理に固定した。これで「リアニメイト」で左腕を動かせば、見た目上は回復だ。切断面の血管も「リアニメイト」で動かし、なんとか元の血管と接続させようと試みる。この「手術」は上手く行ってるのか? 分からない。まだ血は漏れ出てくるが多少は収まった気がする。
不二崎は、横たわる朝ヶ谷の死体を見下ろしながら、抑揚のない声で呟いた。
「僕にも理解できたよ……僕の唯一の勝ち筋が……」
朝ヶ谷が刃を向けてきたのは当然ながらショックだった。だが、それも不二崎には必要な劇薬だったのかもしれない。ここまで追い詰められたことで、彼は己の状況を、優先すべき目標を、そのために必要な手段を、冷静に捉え直すことができたのだから。このタイミングが数日遅れただけで不二崎はきっと無惨に死んでいただろう。
「僕は、弱い……誰よりも弱い」
まず、彼はそれを自覚した。魔法職である彼は肉弾戦ではまず勝てない。朝ヶ谷を殴り殺せたのも奇跡だ。加えて攻撃魔法の類も使えない。サシで戦えば誰とやり合ってもまず勝ち目はない。頼みの綱だった「混沌の柘榴」もへし折られてゴミ同然だ。
「けど、最大の弱点は」
不二崎は己の面を撫でながら自分に言い聞かせた。
「最大の弱点はこの貌(かお)だ」
彼は考える。このゲームに最後に生き残るのは、おそらく……人を殺すことに躊躇いを持たない奴らだ。
一番危険なのは間違いなく吉良の不良グループだ。だが、同じくらい阿山田たちのいじめグループも危うい。アイツらが弱者への暴力を躊躇うとは思えない。それと、学修宿マナブ。学年一の秀才の彼は朝ヶ谷と同じように、状況を把握次第、割り切る可能性が高い。
「おそらく序盤は適応できないヤツ、運の悪いヤツが勝手に死んでいく」
左腕の焼け付くような痛みに耐え、脂汗を滲ませながらも、不二崎は思考を進める。朝ヶ谷のように混乱している者もいるだろうし、水や食料にありつけず行き倒れる者もいるだろう。危険なモンスターや無法者に絡まれる者もいるはずだ。そいつらは勝手に足切りされる。
すると、タイミング良く、頭の中にピンポーンというアナウンス音が響いた。
「出席番号23番、服部菜心さん。海で溺れて脱落しました! おめでとうございます。タイムリミットはここから一週間延長となります!」
忌々しい女神の声。服部は転校生の女子生徒だ。海へ逃げ出そうとしたのか、水を飲もうとして溺れたのか……。分からないが、先程の不二崎の想定が早くも実証された形となった。実際、その後、不二崎は生徒四人の事故死・餓死の報告を聞くこととなる。不二崎はクラスメイトの死を悼みたくなる気持ちを意識的に押し殺した。
しかし、気になったのは「タイムリミット」「一週間」などの言葉だ。女神は説明をすると言っていたが、それも完全に忘れているようだ。推測するしかないが、デスゲームであることを考えると、一週間に一人、誰かが死ななければ強制終了……全員死亡といった措置が取られる可能性が高い。自分でも気付けたくらいだから、勘の鋭い者たちは同じ推論に至っているはずだ。
「問題は……中盤からだ」
序盤を生き抜いた者たちはおそらく次第に結束するだろう。吉良や阿山田などはともかく、多くの者たちはクラスメイトを殺すことには躊躇うだろうから、鉢合わせても、殺し合うよりむしろ協力体制を築き始めるに違いない。だが、一週間に一人の縛りがあり、誰かを殺す必要に迫られたなら……その時に最初に狙われるのは、まず間違いなく……、
自分だ。なぜならツラが醜いからだ。
死霊術師の人間離れした形相はそれだけで彼らに理由を与えてしまう。死霊術師の見た目は人というよりモンスターの枠に入る。全クラスメイトの中で殺しても最も罪悪感を抱かないであろう異形の存在、それが自分なのだ。しかも弱い。心理的にも物理的にも殺し易い。誰か一人、生贄が必要となったなら、その時はきっと自分が選ばれる。自分が逆の立場でもきっとそうする。
「その上、僕は現地住民とまともに会話もできない。仲間を集めることもできない。街で食料を買うことすらできない。絶望的な難易度……」
そんな状況で勝ち残るためには何が必要か? 今の自分に残された唯一の勝ち筋とは何か? 答えは明らかだった。
「……決まってる。誰より早く割り切ることだ」
人を殺すことを。人を裏切ることを。
「みんなに人の善意が……良識が残っている内に、僕が先駆けるしかない!」
不二崎の背後で、顔の潰れた朝ヶ谷が幽鬼のようにゆるりと立ち上がった。関節を不自然に曲げ、吊られた人形のような姿で不二崎の隣に立つ。「クリエイト・アンデッド」。死霊術師たる不二崎の力だ。
「クラスメイトを殺せば殺すほど……僕の手駒が増える。皆の警戒が僕に向かない内に、どれだけクラスメイトを殺せるか。それが勝負だ」
――まず俺を探すんだ。
財前の言葉がリフレインするが、不二崎はその言葉も脳裏から追い出した。財前の言葉は希望であり、毒だ。その希望を信じて財前を探し回るのは、己の中に毒を溜め込むことに等しい。財前を無事に探し出すか、全身に毒が回って死ぬか。この希望に縋るのは危険だと不二崎は直感的に判断した。
ズタボロの体に鞭を打ち、不二崎遥は歩き出す。闘争し、出血し、体力を消耗している。動けなくなる前にエネルギー源を確保しなければならない。今の体で辿り着けそうなのはあの村だけだ。平和裏に食料を得ることなど不可能だろう。掠め取るなり奪い取るなり、何としてもまずは食料を得なければならない。死霊術師としての幾つかのスキルと、ゾンビ兵の朝ヶ谷だけでどこまで行けるだろうか。分からないが、やるしかない。
「待ってろよ、菜々。お兄ちゃん……絶対、家に帰るからな。誰を踏みにじっても、必ず、帰るから……」
結論から言えば、不二崎遥は食料の確保に易易と成功した。一戦も交えることなく村に備蓄されていた大量の食料を得たのである。なぜなら、彼が村に辿り着いた時、そこで見たのは、呻き声を上げて徘徊するゾンビの群れであったから。「クリエイト・アンデッド」により起き上がったゾンビたちが村中に不死病を撒き散らしたのだ。最初に起き上がった兵士も、その兵士に噛まれた男も、女も、子供も、老人も、生ける死体と化して村中を不毛に歩き回っている。ゴーレムはどこかに行ってしまったようだ。
呪われし死霊術師は変わり果てた村の中を突っ切り、一直線に進んでいく。
死臭が色濃く立ち込める死者の村の真ん中にて、酒場の椅子に腰掛けた不二崎遥は憧れの朝ヶ谷四季を傍らに侍らせ、厨房に残されていた肉塊を噛みちぎった。
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