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今だからこそ見て欲しい『ジョセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』

2022年4月7日、『ジョセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』、略して…どう略するのが一般的かわからないのでとりあえず『ジョセフ~』が開幕した。

本当なら2020年4月に華々しく開幕するはずだった。だが、2020年春といえばコロナ禍が本格的に始まった頃。他の多くの演目と共に、『ジョセフ~』もまた全公演上演中止に追い込まれた。
…母さん、あの当時世間をにぎわせてた『演劇界2020年問題』って、本当は「2020年は注目の作品が上演予定されすぎて観客困っちゃう」って意味でしたよね…真逆の意味になってしまったけども。


あれから2年、コロナ禍は終息の気配がいまだまったく見えないけれど。演劇界はこの感染症との折り合いを少しずつつけ始め、あの頃中止になった作品達のいわばリベンジ上演が盛んにおこなわれるようになった。
そして、このやたらめったら長いタイトルのミュージカルもまた息を吹き返した。おめでとう、帰ってきてくれて本当にありがとう。


で。さっそく初日+最初の土日=計4公演を見てきた。
ミュージカル音楽の巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバー卿(略してALW卿)が学生時代、作詞家ティム・ライス氏とタッグを組んで作ったごく初期の作品。題材は旧約聖書の中の『創世記』、ヨセフ(ジョセフ)の物語。全編がほぼ歌でつづられる、ALW卿の数多い超有名作のいわば礎である…なんて一般的な説明を見ると「えー小難しそう…」と思われそうだけど。
初日終演後、最初に思ったのは「なんだこれものすごく楽しい!」それから「…なんかこう…極彩色のドラム式洗濯機に放り込まれて2時間5分ゴウンゴウン回された感…」。
そもそもが学芸会等で子供向けに上演されるための作品だそうなので、実に明るく楽しい造り。というか、巨匠の重厚で壮大な作品を期待してくるととんでもない肩透かしを食らう。だって、何千年も前のイスラエルやエジプトに突如としてフランス国旗やらエレキギターやら出てくる作品よ?

誤解を恐れずあえてわかりやすく表現するなら、『ミュージカル界の巨匠2人と著名な演出家と実力派ミュージカル俳優陣とトップクラスのアイドルによる、極上のトンチキミュージカル』
こういうとイコール駄作に聞こえるかもしれないけれど、そうではなくて「何がどうしてこうなったかよくわからないけれど、とにかく素晴らしく楽しい作品」という感じ。詳しくは見てほしい、あれは体感しなければ伝わらない。
コロナ禍に世界規模の戦争に気候不順に年度替わりの慌ただしさ、それらが重なってしんどい気持ちの人も多いと思うけれど。休憩25分込みで2幕構成2時間5分というとても短いこのミュージカルを見終わった後、多分9割以上の人が「楽しかったー!」と笑顔で劇場を出ると思う。この時期上演するのに本当にもってこいのミュージカル。いや、重厚で暗い話も好きだけど。

これから見に行こうと思っている方のため、詳細なネタバレはしないつもりだけども。「なにも知らずに見てみたい」と思っている方は要注意。
ただ、『ヨセフ(ジョセフ)の物語』については予習をしてきた方が内容がわかりやすい。wikiでザクッと読むだけでいいので。クリスチャンが多い欧米で生まれた作品ゆえに、聖書についてある程度知っているのが前提となっているから。
あと、これを書いている人は小学校時代たしなみ程度にかじって以降、男性アイドルとはまったく縁のない生活をしてきている。なのでジョセフ&ベンジャミンの中身さんに関してはほとんど予備知識がないし界隈のお約束的なものも知らないので、それだけはどうぞご了承を。


少し上で書いたけれど、この話は旧約聖書が題材。寝室に突如現れた「ナレーター」という謎の女性によって、子ども達が絵本の中に導かれていく…という形で始まる。
カナンという土地で暮らすイスラエルの祖・ジェイコブには複数の妻と12人の息子がいたが。ジェイコブは一番愛する妻が産んだ子、それもその妻にうり二つの十一男・ジョセフだけを溺愛して他の息子達は顧みない。
ある日ジェイコブがジョセフだけに大変すばらしいカラフルなコート(ってことになっている)を与えたものだから、元々不満がたまっていた兄弟達の怒りと嫉妬が大爆発。そのうえさらにジョセフが見た夢の内容が彼本人だけ出世する未来を予言するものだったため、実現したら困るからその前にあいつ殺しちゃおうぜ!と事故を装って深い穴に放り込む…が。売っぱらっちゃった方が金になるんじゃね?と思い直して、ちょうど通りかかったイシュマエル人の隊商にジョセフを売り渡す。
奴隷になったジョセフはエジプトの富豪・ポティファーに転売される。誠実なうえに読み書きができて見目が良いジョセフは主人の信頼を得て出世するが、悪女なポティファー夫人に目をつけられてしまう。彼女の誘いを断ったジョセフは無実の罪をかぶせられて牢獄へ。絶望の淵に立たされるジョセフだが、実は彼には「夢の意味を解き明かす」という特殊能力があった。偶然ファラオの家臣の夢を解き明かしたことから、不思議な夢に苦しめられているファラオの夢を解き明かすよう命じられる…というストーリー。
ちなみにタイトルに出てくる『アメージング・テクニカラー・ドリームコート』、これだけ見るとなんだか魔法のコートっぽい超重要アイテムのように聞こえるけど。第1幕のわりと早い段階で原形をとどめなくなり、以降はエンディング直前までちらちらとしか出てこない。

基本的に明るく楽しい物語で小難しいことは考えなくてすむようにできているけれど、ストーリー的に「え、なんでそうなるの?!」と思ってしまうところがないこともない。でも、なにしろ何千年も前にできた聖書の中のエピソードなので「細けえことはいいんだよ!聖書にそう書いてあるんだよ!」ですませるのが吉。
(信者の方には申し訳ないけど、聖書、たまにえええーって思うところあるから…マルタとマリアの話とか「いや、大勢の客のおもてなしで忙しく働いてるお姉ちゃんより主の足元に座って話聞いてるだけの妹の方が高く評価されるってどう考えてもおかしいでしょ。昭和の田舎の法事か」と今でも思ってるし、自分)


ジョセフ(薮さん)…主役。父親に溺愛される12人兄弟の十一男。ハンサムで頭が良くて誠実で読み書きができて機転も利く、ついでに「夢の意味を解き明かすことができる」という特殊能力持ち。めっちゃ設定てんこ盛り。
男性アイドルが主演ということでひょっとしたらある種の不安を抱く方もいらっしゃるかもだけど、多分ジョセフってどれだけうまい俳優さんでもかなり難しい役だと思う。アイドル仕草でごまかされがちだけど、現代の感覚だと序盤のジョセフ結構KY(死語)で嫌みなナルシストっぽいところがあるから。
「兄弟達のしょぼくれた麦の穂が僕の麦にひれ伏し(略)小さな星達が僕の星にお辞儀を(略)これって僕だけ偉くなるって予言かなハハハ(※大意)」とか普通に言っちゃうし、お父さんから立派なコートもらって思いきり見せびらかしちゃうし。そりゃ11人の兄弟達むかつくわ…と思いつつ嫌な感じがない愛されキャラに収まってしまうの、中身さんのアイドルパワーあってこそな気がする。現代感覚ではただの嫌な奴になりかねないのをうまく中和させてる、というか。
喉が強い、表情豊か、音程が安定している、最初から最後までほぼ出ずっぱりで歌って踊ってシャツ汗まみれでもずっと涼しい顔で愛嬌振りまいてるのすごい。
(どうでもいいけど2幕のエジプト衣装、どうしても「…聖闘士星矢…」と思ってしまう自分、昭和生まれ)

ナレーター(平野さん・シルビアさん)…謎の女性。なぜかいきなり子供たちの寝室に現れて、なぜかいきなり読み聞かせを始める。子ども達をジョセフの物語の世界に導く水先案内人、歌って踊れるエンターテイナー。2人とも歌唱力お化けなうえに表現力豊か。
ナレーター2人、それぞれ持ち味が違うけれどどちらもとても素敵なので、できれば両方見て欲しい。平野ナレーターは歌のおねえさんっぽくて、シルビアナレーターは先生っぽい。

ファラオ(小西さん)…古代エジプトの最高権力者。彼が右向けば国中が右向き、彼が左向けば国中が左向く。…っていうと怖い人っぽいけど、実際はハイテンションな面白キング。2幕、突然ファラオ様オンステージが始まる。
奇妙な夢に悩まされ、ジョセフに夢解きを命じるが。「夢の意味を教えろ」と言っておきながらジョセフが喋ろうとするのを遮って歌いだしたり王宮中を巻き込んだアドリブ大会やったりやりたい放題、さすが最高権力者。でも内輪ウケや初見おいてけぼりのネタは一切ないのでご安心を。
ちなみにショーの途中でファラオと王宮の皆さんによる「へええーい!」大会があるが。上手側下手側最低1人ずつ、誰が選ばれるかは当日のファラオの気分次第。あと、へええーい!のあとでファラオによるご講評がある。
(余談だけど。投獄された執事が早期釈放されるの、あれ絶対ファラオが投獄したの忘れて「執事が呼んでも来ないのはけしからん!呼び戻せ!」とか言い出したからだろうなあ…と思ってる自分。あとパン職人が投獄された理由は「フランスパンの皮が予想より硬かった」くらいのカジュアルさだろうと睨んでいる)
ファラオ、1幕出てないけれど。ファラオの中身さんは嬉々としてアルバイト(?)している。

ジェイコブ(村井さん)…子沢山の父、すべての元凶。彼が11番目の息子ジョセフを極端にえこひいきしなければジョセフが他の兄弟に妬まれることはなかった。せめてえこひいきが末っ子だったら「まあしょうがないか…」ですんだろうに。ジョセフの同母弟なのに扱いが雲泥の差な末っ子ベンジャミンをかわいがる兄達、普通に考えたら不憫だよね気持ちはわかる。
ジョセフの死後(※表向き)はすっかりしょぼくれてしまうが、2幕のとある出来事で一気に復活。さすがイスラエルの祖(?)。こちらも声だけアルバイトしている。

子ども達…男女の子役が3組いる。ナレーターに導かれ、絵本『ジョセフの物語』の中を旅する。各組ごとに男の子が大きかったり女の子が大きかったり同じくらいだったりするので細かい演技が違う。小さいのにずっと出ずっぱり、すごい。

兄弟達・妻達・ポティファー…11人の兄弟達とその妻達とエジプトの富豪、というか「上であげたキャラクター以外のほぼすべての登場人物を演じている人々」。
めちゃくちゃ芸達者揃い。最初から最後までほとんど舞台上にいる、歌って踊って大活躍。基本的に全員キャラが濃い。シメオン(中山さん)・ルベン(原田さん)・ジュダ(日野さん)は大きなソロ曲がある。
個人的にルベン役原田さんの視線泥棒っぷり、それから超楽しそうなエジプト王宮・特に猫と女子(※概念含)、ポティファー邸、突如始まるカナンのフランス、このあたりが特に見どころ。
ポティファー夫人、本役の負傷休演で急遽東京全公演代打登板となった栗山夫人がとても面白くて大好きだけど。休演中の小野夫人も見てみたいので地方では無事に復帰なさったら嬉しい。
(余談。ベンジャミンの中身さん、見た目で15歳前後だと思ってたので出演者インスタライブで20代と聞いて驚いた)

若かりし頃のALW卿のポートフォリオ的な意味合いがある作品なのかな? 休憩時間を抜いたら100分という短い演目ながら、実に多彩な曲調の楽曲がふんだんに使われている豪華な作品。多彩でふんだんすぎるのがトンチキ感の源でもあるけれど。
数千年前の中近東が舞台でなぜかロカビリーだのシャンソンだのカリビアンだのが次々登場するし、演出もそれに合わせて時代背景丸無視な小道具のオンパレードだし。でもそのカオス感がクセになる、多分。
台詞はほとんどなく、全編通して歌で物語が紡がれる。このサイズの作品にしては出演者が多く、そのほとんどがいわゆる「歌える」人なので、声の重なり具合などが実に見事で美しい。俗に言う耳が幸せな演目。


愉快なところばかり目立つけど、牢屋の曲とか2幕ラストあたりとかの演出がいい。
特に、キャラクター全員が子どもに向かって夢を持つこと、諦めないことの大切さを手話を用いて歌うシーン、本の中の登場人物が話しかけてくる風でとても好き。

ひとつ、小さな引っかかり。予知夢的な意味の『夢』と将来の希望的な意味の『夢』が作品内でごちゃ混ぜなの、あれなにか意味あるんだろうか。
どちらにしても「絶望的な状況下でも希望を捨てず未来を信じれば必ず道は拓ける」というメッセージが作品の根底に流れ続け、見る人へのエールにもなっている。


2幕最後のメドレーことMEGAMIX、なんだか既視感が…と思ってたけれど。あれだ、『ALTAR BOYS』。ストーリー等はキリスト教が題材ってこと以外共通項ないけど、テンションなどが。メドレーで大半のキャストの衣装がギラギラになるのも含め。
多分ABZが好きな人は『ジョセフ~』も好きなんじゃないかなー、と日本初演からABZを見ている自分は思う。それから、ミュージカルに詳しい方、劇団四季がお好きな方は『ジョセフ~』の楽曲あちこちに「これは◯◯(※任意の有名作品)の片鱗が…!」と思われるそうで、そういう楽しみ方もありだなあ、と。


とにかく、誰もがかしこまらずに楽しめる作品なので、チケットが手に入ったらぜひ見て欲しい。松竹の公式サイトだと座席が選べるし、劇場内にリピチケブースもある。当日券もある。
(チケットWeb松竹→https://www2.ticket-web-shochiku.com/tticket/thsel.do )
東京公演、GC階や2階は照明がとても綺麗だと評判だし、どうしてもキャストを近くで見たいというのでもない限り、前方席にこだわる必要もないと思う。日生劇場の場合、劇場の構造的に中盤以降のセンターや上階の方が音が綺麗に聞こえそうだし。
あと、手拍子(クラップ)は遠慮せず思い切りやるのが吉。だんだんキャストさん達が煽ってくれるようになったけど、ノリのいい曲は手拍子しようよーと毎回思っている。やっていいのかなーどうなのかなーと迷ってごく小さく叩いているっぽい人を毎回のように見かける、気がする。
物販は今回も安定の松竹モードでパンフのみ。でも特殊紙×箔押しがとても高そう(※オタクの発言)。

そんなこんなでつらつら書いてきたけれど。2年越しの開幕となった『ジョセフ~』が大阪の大千秋楽まで全員で無事完走できるよう、また一度見てみたいなと思っている人やまた見たいなと思った人がみんな望み通りに楽しく観劇できるよう、心から願って締めたいと思う。どうぞ良いご観劇を。