価値観の激変期をどう生きるか…チュニジア映画「フォー・ドーターズ」
上智大学で行われた映画上映会に行ってきた。大学キャンパスに入るのは初めてかも知れない。JR四谷駅の麹町口から、本当にすぐ。これだけ駅から近い大学キャンパスって、ほかにないんじゃないか、今更ながら気づく。
最初にお断りしておくが、この記事はネタバレを含む。後半からの展開がかなり衝撃的で、大いなる驚きがあるのだが、そのあたりを語らずに、この映画を評することは、まずできそうもないからだ。ご承知の上、読み進めていただければと思う。ちなみに、この作品、2023年の仏カンヌ国際映画祭のドキュメンタリー部門の最高賞である「ルイユ・ドール(L'Œil d'or)=ゴールデン・アイ」を受賞、日本での劇場公開が予定されているようだ。
チュニジアの首都チュニスに暮らす女性、オルファと4人の娘が主要な登場人物。ただし、オルファと上の2人の娘は、作品に出てくるのは本人ではなく、プロの俳優が演じている。娘2人を俳優が演じた理由は、後半で明らかになるが、前半からその伏線が張られている。
ただ、まったく予備知識なく見たこともあり、後半の展開はまったく予想だにしなかった。前半は、男性優位社会の傾向がある中東で生きるたくましいシングルマザーと4人の娘たちの苦難も多いライフヒストリー、といった感じだったからだ。
それが後半に入って、チュニジア、いや中東全体、もっといえば世界の大問題が核心テーマになっていく。10年ほど前、日本でもそれなりに大きくニュースとして取り上げられた、ISの勢力拡大と、それに加わって殺人や迫害に手を染めた若者の増加という問題だ。
ISは、日本で「イスラム国」と表記される場合が多かったが、イスラム教全体への偏見を助長しかねないので、「IS」と表記する。
いわゆるイスラム過激主義組織のISは、シリアやイラクで勢力を拡大してイスラム国家の樹立を宣言。インターネットを活用して中東などの若者をリクルートし、戦場に送り込んだり、テロを命じて実行させた。
ISが推奨したものの一つに、「結婚ジハード」というのがある。ISの戦闘員と結婚して生活を築き、子供を産み育てることが、ジハード(聖戦)なのだという主張だ。
作品の登場人物の4人娘のうち年上の2人が、滞在先の隣国リビアでISにリクルートされ、ISメンバーと結婚。長女はIS戦闘員と結婚し、シリアで向かう。次女は、のちにチュニジアで起きた2件のテロ事件首謀者と結婚する。
上映後に解説トークを行った鷹木恵子・桜美林大学教授によると、「結婚ジハード」という考えは、2012-2013年にサウジアラビアのイマームが発したファトワ(宗教見解)の中で推奨したもので、古典的なイスラム法学にはない考えだということだ。
男性は「聖戦の戦士」となる一方、女性は戦士と結婚することで聖戦を支える。そうした思想がISにより宣伝されたという。
では、この娘2人は、なぜISに引き寄せられてしまったのか。鷹木さんは、「宗教的理由・敬虔さからだけで説明できない」という見方を示す。何が彼女たちをそうさせたのか。鷹木さんは、当時のチュニジアで深刻化していた「社会的・政治的混乱の中での人々の価値観の揺らぎ、あるいは経済的な困窮」が影響している、と考えたという。さらに、娘2人に関する個別要因としては、「模範的と言えない母の素行と娘・母との確執、母への反発」があったと指摘していた。
わたくしごとになるが、ちょうど10年前、まさにこの問題をチュニジアに行って取材したことがあった。当時のデータでは、チュニジアからISに加わった人の数は3,000人で、サウジアラビアの2,500人を上回り、国別で最も多く、「なぜ、チュニジアなのか」という疑問が強くわいたからだ。
息子がシリアに行ってしまったという父親や、そうした親の支援を行う組織を設立した男性などにインタビューした。記事として当時所属していた新聞に掲載されたのだが、なかなか明確な結論は得られなかった。だが、チュニジアという国の劇的な変化が強く影響したのは間違いないと思った。2011年、アラブ諸国に先駆けてチュニジアで沸き上がった「アラブの春」と呼ばれた民主化運動と、それによる政治変化(「革命」とも言われた)のことだ。
長期にわたる強権体制をしいたベンアリ政権が崩壊したあと、これまで弾圧されていたイスラム政治勢力が台頭。その代表がガンヌーシ氏率いる「アンナハダ党」だった。非合法組織から、一転して政権の一翼を担うようになるという、極めて大きな変化。そんな揺れ動く価値観の中で、人々は何に基づいて、どのように生きていけばよいか、混乱したことは想像に難くない。
社会変動期、人間には一層、確固たる自身の価値観が求められるのではないか。そう簡単なことではない、と分かってはいるが。そんなことを思いながら、都心のキャンパスを後にした。