独居老人問題扱うイラン映画『私の好きなケーキ』
前半はコメディタッチ、なのだが、話が展開するにつれ、ほんわかとした題名に似つかわしくない、イランにも忍びよる高齢化社会の現実を投影したシリアス作品の色を濃くしていく。
夫を交通事故でなくし、一人娘は結婚して海外で暮らしている、庭付きの家にひとり暮らしの70歳の女性が主人公。同い年で、妻と離婚してやはりひとり暮らしのタクシー運転手を街のレストランで見初め、家に招き入れる。
その積極さに、違和感を感じる人もいるかも知れない。ただ、女性は街では、頭髪の露出を取り締まる「道徳警察」に食ってかかるなど、ものおじしない人物としても描かれる。グイグイ力強く進んでいくイラン人女性という造形は、イランに2年暮らした肌感覚でそれなりに納得感もある。
まあ、イラン映画は時に、古い作品は特に、演劇的というか、やや大げさな描写に傾くこともある。それでもコメディとしては微笑みながらみることができた。後半のちょっとシリアスな展開についてはネタバレにもなるので、言及を控える。
この作品、イランでは上映禁止になったと聞いているが、老人のやや生々しい恋愛模様が問題視されたというよりは、主人公や相手の男性が語る、イスラム体制への懐疑、革命前の王政時代への懐古が理由のような気もした。さらにいうと、主人公が作った密造ワインを酌み交わす場面があり、男性が、革命後はよくワインを自分で造った、となつかしむセリフを言ったりもする。革命体制からみれば、このあたりもかなり好ましくない、ということになるだろう。
作品の監督については詳しく知らないが、イスラム体制にかなり批判的な立場なのではないか、と思われる。そうした政治的スタンスは脇に置いても、大家族が当たり前だっあイランの核家族化にともなって社会問題になっている独居老人問題、さらには高齢者の性の問題に切り込んでいく姿勢は高く評価されてよいのではないか。