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モロッコの独特なクレープと、薔薇の歌声も気になるしみじみ映画

地中海と大西洋に面する北アフリカの国、モロッコ。最大都市のカサブランカは、往年の名画のタイトルでよく知られる。白亜の洋風建築が並ぶ街並みはフランス保護領時代の名残りで、観光客の目は、どちらかというとそちらに引きつけられるが、映画「モロッコ、彼女たちの朝」は、狭い路地が入り組んだ旧市街(カスバ)にあるパン屋が舞台だ。

パン屋といっても、メインで扱っているのは、北アフリカでかなり普及しているバゲットなどフランス式ではなく、モロッコ伝統の食べもの。「ムスンメン」と呼ばれる、四角形で薄焼きのクレープ風で、モロッコの朝食には欠かせない。

モロッコの古都フェズで、古い邸宅を改造した「リヤド」というプチホテルに泊まった時、「モロッコの人は、朝からこんなに炭水化物を食べるとは…」と驚いた記憶がある。

この写真の真ん中にあるのが「ムスンメン」。はちみつやジャムを塗って食べたが、もっちりとした歯ごたえがあり、小麦の味わいが広がる。このムスンメンのほかにも、ほかの種類のクレープやパンケーキ、パンなどが並ぶ朝食はなんとも重厚だった。ちなみに写真でムスンメンなどが盛られている皿は、「コセマ」というフェズにあった有名製陶会社の食器。青を基調にした幾何学文様に北アフリカらしさが感じられる。日本でもファンが多いらしい。

さて、かなり脱線してしまったが、映画の舞台になっている「パン屋」は、モロッコでも近所に住む人々が日々の食を満たすためにやってくる日常の場所だ。物語は、そのパン屋の女主人が、いわゆる「婚外子」をみごもって故郷を逃れてきた臨月の女性を居候として受け入れるところから始まる。

こうした舞台設定の背後にあるのは、中東・北アフリカ社会に今も根強く残る、女性の生き方を縛る因習だ。部族を核とした、家族・親族の紐帯を重視する社会では、自由恋愛は否定され、結婚相手は親や部族長が決める。それに従わない場合、部族社会から縁を切られてしまう。特に女性の場合、自由恋愛をしたり、婚外子を生んだりすれば、「一族の名誉を傷つけた」とみなされて、殺されてしまうこともある。これは「名誉殺人」と呼ばれ、アジアから中東・アフリカにかけた地域で今も厳然とある悪習だ。

作品は、そうしたモロッコ社会にひそむ問題を背景にしながら、母が生まれてきた我が子の尊さに気づくまでを描いていく。社会批判よりは生命・人間賛歌に力点が置かれた作品といえる。

ムスンメンをはじめとしたモロッコのクレープやお菓子が、この映画のさまざまなシーンに登場する。生地をげんこつで激しくたたいている女主人アブラに、居候のサミアが「こねながら感じるの」と作り方について教え諭す。これは立場が逆じゃないのかと思ったが、乱暴なこね方は、夫を不慮の事故で失ったことを深く悲しむあまり、自暴自棄になっているアブラの心の内を投影していたのかも知れない。

アブラの夫との思い出は、ワルダ(1939ー2012)という女性歌手の歌と結びついている。ワルダは、アルジェリア出身で、エジプトのウンム・クルスーム、レバノンのフェイルーズと並びアラブ圏の伝説の歌姫として今も慕われている。ワルダはアラビア語で「バラの花」を意味する。

1人娘に「ワルダ」という名前をつけたアブラに、夫を失った悲しみから抜け出すよう説得するのが、自らも深刻な問題を抱えるサミアだ。サミアは、ワルダの歌を聞くことすら拒むアブラに、気持ちを切り替えて前に進むよう説得する。それぞれに傷を負った2人の女性が、それぞれの傷を直視し、それを癒してあげようとする姿には、人間という存在の可能性をみる思いがする。

作品は8月13日公開。モロッコの市井の人々の暮らしぶりをバックに、子や夫への愛のひとつの形を描いた佳作だ。

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