菓子を売るための世界観
東京旅のつづき。
東京は台東区の蔵前にある『nui』というところに宿をとった。
友人から「なぜ蔵前だったんですか?」と聞かれた。
まずはこの『nui』に泊まりたかったから、というのがある。
朝、ホステルで朝食を摂ってから、蔵前の散策に出かけた。
まずは浅草方面に出かけ、雷門の前を通った。
その後は『かっぱ橋道具街』に足を運んだ。
『かっぱ橋道具街』は朝早くから開いているお店も多い。
(その時のことは前回の記事で↓)
たっぷりと2時間ほど『かっぱ橋道具街』を堪能した。
道具屋街の中でもコロナ禍になってからネット通販で最もお世話になった『馬嶋屋製菓道具店』でたくさん製菓道具を買って、『馬嶋屋製菓道具店』のロゴの入った手提げ袋を下げて、歩いて行ける距離にある憧れのお菓子屋さん『菓子屋シノノメ』に着いたのは、お店が開店する少し前のことだった。
すでに何人かが並んでいて、私の前に並んでいた女性が、『馬嶋屋製菓道具店』のロゴ入りの手提げ袋をみて
「その製菓道具店、どこにあるんですか?」
と話かけてくれて、
「この道をまーっすぐ行けば『かっぱ橋道具街』ですよ。その中にありますよ」
と答えて、それから、お店が開店するまでの束の間、その女性と話をした。
その女性は、雇われで神戸で製菓の仕事をしているそうで.....えー、神戸からわざわざ『菓子屋シノノメ』へ?って思った。
きっと将来的に独立したいんだろうな、と思った。
そのためにきっと『自分はどういうコンセプト(世界観)でお店をやりたいのか』を今から模索していて、そのうちの一つが『菓子屋シノノメ』だったんだろうなあ、と思う。
『菓子屋シノノメ』は、やはり今、製菓をやってる人にとってはかなり気になる存在なのだと思う。
『菓子屋シノノメ』のオーナーは台湾の方。
台湾出身、ということもあってか独特の世界観を構築してて、確かに、洋風文化の強い神戸の製菓界にはもしかしたらなかなかない雰囲気のお店なのかもしれない。
私も、このコロナ禍で、『菓子屋シノノメ』の世界観に魅了され、勇気をもらった。
....と、いうのも、私はくまちゃんやかうさぎちゃんなどのキャラクターもののお菓子を作らないし、マカロンなどのカラフルで可愛いスイーツを作りたいわけではなく、ただひたすたにベーシックでクラシカルな焼き菓子で……それらはいわゆる『地味菓子』といわれる……そこに派手さやキャッチーさはないが、そういうものを作っていきたかった。
派手さやキャッチーさがない分、それらをどうやって売るのか、ということを考えていかなければならなかった。
並んでいる地味な商品をいかに魅力的な空間と世界観によって売り出すか....『商品の開発』と同時に『売り場の構築』を念頭に入れねばならず、その参考になったのが『菓子屋シノノメ』の世界観だった。
おそらくこれは同時多発的に同じようなこと....『地味菓子』をどうやって売るか.....を考えている製菓師は他にもいて、たぶん、神戸から来たその女性も同じようなことを考えていて、その目で『菓子屋シノノメ』を見にきたのではないかと思う。
買ってきた『菓子屋シノノメ』のお菓子はとても美味しかった(特にスコーンとガレットブルトンヌは美味しかった)
『菓子屋シノノメ』からさらに歩いて5分ほどしたところに、『菓子屋シノノメ』のオーナーの系列店『喫茶 半月』というイートインのお店がある。
そこにも行って、コーヒーとビクトリアケーキをいただいた。
ビクトリアケーキ、これまでレシピを見てても『作りたい!』って思うことはなかったが(失礼)、『喫茶 半月』で食べたビクトリアケーキ、とても美味しく、コーヒーともよく合っていて、ゆっくり堪能した。ビクトリアケーキもいわゆるクラシカルな地味菓子に属すが、やっぱりそこは『喫茶 半月』というお店が作り出す世界観と不思議とマッチしていて、『喫茶 半月』というお店で食べることに大いに意味のあるお菓子だった。
『喫茶 半月』を出た後も、『菓子屋シノノメ』のオーナーが手がけたいくつかのお店を見て回った。
宿を2泊とも蔵前にとった理由は、これらのお店をこの目で直に見て回ることにあった。
尾鷲に帰ってきてから、自分でもビクトリアケーキを作ってみたくなり、試作してみた。
材料も作り方もいたってシンプルで、それゆえに素材の味がそのままに出てしまう、ごまかしのきかないケーキだった。
味も素朴で、ケーキの王道そのものだった。
ここまでシンプルで飾り気のないお菓子だと、逆にお店で出すのが難しくなってしまいそうだが、『喫茶 半月』で食べたそれはとても美味しく、そしてそのお店”らしさ”が漂っていた。
そのお店で食べるのにふさわしいお菓子。
そのお店に行くとなぜか食べたくなるお菓子。
そういうお菓子作りとお店作りが噛み合って『そのお店らしさ』につながっていくのだと思う。