汚いもの扱いに思う
犬が好きです。「犬」という字にさえ愛おしさを感じます。犬。発音しても心地いい。犬。
犬連れのお客様がいらっしゃると、もう犬に目が釘付け。とくに馴染みになった犬は触らずにはいられません。ふわっふわだったり、ツルツルだったり、パンパン、ポンポン、犬の毛並みもそれぞれで、いずれにしても触り心地は最高。
でも。
犬を撫でた後、必ずすぐに手を洗うわたしはどうしても気がかりです。犬がその行動を見て傷つくのではないかと。
手を洗うのは、飲食店をやっている者として食品衛生的に当然の行為なのですが、嬉しそうに自分を撫でた人間が、直後にそそくさと手を洗うなんて、犬の立場からしたら切ないだろうなあ、と。
さて、コロナ前は、店ではお客様がお帰りになった後、布巾でサッとテーブルを拭くだけでした。食べこぼしや水滴を拭う意味合いしかなかったので。
でもコロナ以降は、アルコール液をスプレーして布巾でテーブルを拭く、というスタイルになりました。「消毒」という意味が加わると、「テーブルを拭く」という行為には時間や手間やコスト以外にも微妙な問題が加わってきます。
このスプレー消毒作業をするにあたって、バイトに入ってくれた友人と「どのタイミングでやるか」について話したことがあります。
わたしはつねづね上記のような犬の目線が気になるタイプなので、「利用されたお客様から見えない状況になってから消毒する」(消毒作業は帰るお客様の視野に入らないようにする)という意見でしたが、友人はわたしの意見を尊重しつつも、コロナ禍であるからこそ衛生を徹底している店というアピールのために(むしろアピールの意味しかないから)敢えて「利用されたお客様に見える状況で消毒する」という意見でした。なるほど、そういう考え方もあるのかと思った出来事です。
結局どうしたのかというと、店内がゆとりのある時には「見えないよう配慮」して、たてこんでいる時には次のお客様がすぐに座るためにも「見える状況でも消毒」という流れになりました。ごくまれですが繁盛時のアップアップな状態になると(最近全然ないけれど)、もうウダウダ言ってられずに即消毒です。
そしてコロナが長引くうちに、テーブルの消毒に対する抵抗感やタイミングの違和感も薄れていきました。
コロナ禍ではいろんなピリピリやモヤモヤについて考える機会があり、自分の中でも感じ方の変化がありました。
そしてコロナ禍にかかわらず、犬の皆様に伝えたいです。わたしがあなたたちを撫でた後に手を洗うのは食品衛生的に仕方のない行動でありまして、どうぞ気を悪くしないでください、と。
隣に住む姉夫婦の飼い犬をわたしがガシガシと撫でると、撫でられ終えた犬が必ずブルブルっと体全体を振ります。まるで体に付着した汚れを振り払うように。気のせいかな、と思ってもう一度撫でると、さっきより素早い反応で私の手が離れるやいなや迷惑そうに繰り返しブルブルブルッ。「まったくもう、汚い手で触らないでよ」という感じで。
汚いもの扱い、切ないです。もう少し気ィ遣って欲しいなと隣の犬に対して思ったりしています。