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食べもののうらみ

「僕たちは人間の食べものになったんだね」

冷蔵庫の中で、瓶詰の紫色のシロップになったヤマブドウが言った。
ヤマブドウは振り返る。

「森の中の山栗の木に、蔓を絡ませて紫色の実をつけていたのはずいぶん昔のことだなぁ。
実のいくつかは野鳥に食べられてしまったけれど、でも食べられたっていいんだ。肝心の種は残るからね。
むしろそのために熟れてくると紫色になって実を目立たせているんだ。鳥や獣に食べられることで、種を遠くに運べるって作戦。
動物に食べられても、そのまま熟れて腐っても、いずれは種を土に帰して、そして新たなヤマブドウとして生まれ変わるんだ。

ところが、さあいよいよ土に帰ろうって時に、人間によって僕らは摘まれてしまった。
水で洗われて、天日干しされた後に一粒ずつ房からちぎられて、大量の砂糖と一緒に煮込まれて何度も濾された。火にかけられて種を取られたら終わりだね。
土には帰れないから、次の命はないんだよね」


「私は栗おこわになったの」

冷蔵庫の中で、ラップをかけられた栗ご飯になった山栗は言った。

「うっとうしく私の枝に絡まっていたヤマブドウ君は、綺麗な色のシロップになったのね。
私たち山栗は、人間が好んで栽培する栗よりもずっとずっと実が小さくて、そして恐ろしく剥きにくいの。
とっても手間がかかる上に小さくて食べる部分は少ないから、人間がわざわざ野生の私たちを採ることなんてないと思っていたわ。
でもイガが開いてついに地面に辿り着いたと思ったら、あっという間に人間に拾われちゃった。
それからはもうチマチマと皮を剥かれて、そしてお米と一緒に土鍋で炊かれたわ。

果肉を食べられるヤマブドウ君と違って、私たちの場合、人間が食べる部分は種そのものなのよ。
誤解されがちなんだけど、栗というのはイガが皮で、苦労して剥かれる固い鬼皮はじつは果肉よ。渋皮とその中身が次の命を担う種子なの。
だから、肝心の種子を食べられちゃうんだから、土に帰ることはあり得ないわ。
こうなったらもう諦めて、私たちを食べた人間の血肉になるしかないわね」


「ヤマブドウさんも山栗さんも恵まれていらっしゃいますよ」

冷蔵庫の中で、一番ほどよい冷気を受ける場所に鎮座しているシャインマスカットが言った。

「ヤマブドウさんや山栗さんみたいな野生の皆様は、一部を人間に採られたとしても、いくつかの実は種を土に帰して次の命になる可能性があるじゃないですか。
それに比べて、我々シャインマスカットはどうでしょう?
そもそも人間に食べられるために生まれて、種なんてないんですよ。だから「次の命」なんてありません。
どんなに手をかけて育てて貰っても、美しく店頭に並べられようとも、たとえ高値でちやほやされても、傷や劣化があれば人間は目もくれません。
多少見た目や食べ易さに難があっても、食べようとしてもらえるヤマブドウさんや山栗さんが羨ましいですよ。
我々シャインマスカットは、見た目と鮮度が命なんです。
そりゃあ、収穫時期に一晩のうちにごっそり農園から盗まれるほどの人気で注目されることもあるけど、新たな品種は次から次へと現れるから、目新しいもの好きの人間にいつ飽きられるかわからない。
私たちはすでに人気に陰りも出始めて、値段も落ちているんです。
鮮度が落ちたり、流行が去ったりしたら、食べられることなく廃棄。食べられるために生まれてきたのにね。
身も心も腐っちゃいますよ」


「みんな食べて貰えるだけいいじゃない」

冷蔵庫の中で、密閉缶に詰められた珈琲豆が言った。

「あたしなんて、求められるのはそのエキスだけ。
山栗さんと同じくあたしたちもその種子だけが人間の標的になるの。
だけどあたしの場合、食べてはもらえない。
遠路はるばるここまでやってきたけれど、種子はこんがりするまで煎られて、もうこの時点で次の命への道は途絶えるのよね。
そして煎った種子を食べてくれるかと思いきや、細かく粉砕されて熱湯をかけられて、出てきたエキスだけを人間は飲むのよ。
エキスを抽出されたら後は用無しで、出がらしになった種子そのものは捨てられる。哀れなものよ。
まあ、人間によってはその出がらしを捨てずに畑に撒くこともあるけれど。あたしたちの搾りかすが肥料になるんですって。
だけどそんな状態で土に帰ったところで、次の命になれるわけないし、皮肉なものよね」


食卓には、ヤマブドウシロップのかかったヨーグルト、栗ご飯、小皿に数粒のシャインマスカット、マグカップに入った珈琲が並んでいる。

冷蔵庫の中では、卵、ほうれん草、味噌、ベーコン、納豆、鶏肉、……様々な「食べもの」がまだ控えており、そしてぶつぶつと呟いている。
それぞれが「生きもの」だった時の記憶とともに、「せめて残さず食べてくださいよ」と願いながら。


ヤマブドウシロップ&ヨーグルト
山栗ご飯
シャインマスカット
珈琲

※トップ画像は、庭に自生しているヤマブドウの天日干し風景です。

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