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オール5

ご近所の親しい友人達4人で、「子供の頃の思い出の品を持ち寄る」というテーマで集まりました。
大人になってからの友人同士なので、幼い頃どんな子供だったのか窺える品を見せ合おうということになったのです。
そうして集まったそれぞれが持参した懐かしい品々は、小学校の頃に描いた絵、寄せ書き、作文、通知表など。

小学校、中学校当時のわたしの通知表は、喩えて言えば当店の珈琲のようなもの。
つまり、けっして100グラム何千円以上もするような希少価値のある高級豆ではないけれど、ある程度の品質が保たれた、ほどよくバランスの取れた豆という感じ。
珈琲好きが日常的に飲むのにピッタリな、味も価格もほどほどの、合格点の珈琲。
逆にわかりづらい喩えになってしまったかもしれませんが、要するに、通知表も珈琲の味も、まずまずの合格ラインであるという自負があって持参したのです。

ところが。
わたしが「当店珈琲的通知表」を披露して、「家庭科がね、弱点だったんだよね、えへへー」なんて言いながら、他の教科はわりと優等生でございましょうと言わんばかりに悦に入っていた直後、隣から、まるでポーカーでロイヤルストレートフラッシュを切り出すかのように自らの通知表を取り出すご近所友人Mを見た瞬間、芋づる式に記憶が蘇りました。

「あ。そういえば、Mは中学時代生徒会長で、さらに『オール5』を取ったことがあると聞いた覚えが……」と。
まずい、完全にわたしの通知表、前座……。

そして広げられたMの通知表に並ぶ、おびただしい数の「5」。
すごい。
初めて目にする「オール5」。本当に世の中に存在するんですね。
さてはこれは、珈琲豆に喩えるならば、なかなかお目にかかれない希少性の高い高級珈琲豆コピルアク、はたまたブラックアイボリー?
ごめんなさい、ごめんなさい、わたしはやっすい豆です、と心で恥じ入って恐れ入るわたし。

Mの高級通知表には、国・英・数・理・社はもちろん、音楽・体育・美術・技術家庭科もすべてに「5」が並んでいます。
今の通知表がどういうシステムなのかは知りませんが、テストの成績が良ければ必ずしも「5」が貰えるわけではなく、さらには運動神経がいいからって体育で「5」が貰えるわけではありません。
そう、その科目に対する「意欲」「取り組む姿勢」すなわち授業態度が大変重要な要素となるのが当時の通知表。
テストでは点を取っても、グループ共同分担作業である調理実習や、興味のないものを作る作業になると完全にヤル気喪失だったわたしが、技術家庭科で「3」を食らい続けたのもおそらくそういう理由。

とにかく、そんな評価と採点によって限りある「5」がシビアに振り分けられる通知表で、オール「5」を取っていた友人M。
同時に披露されたMの小学校卒業文集の作文も、なんと「そもそも、」で始まるという度肝を抜く書き出しで、文章力も子供と思えぬ大胆さがあり、超絶技巧の腕前。
さすが、カマドウマについての自作俳句を3句も唐突に送り付けてくるだけのことはあります。

そしてつい先日、さらにカマドウマ俳句最新作を「帰宅編」と題して送ってきたM。

「帰宅編」

 暖気もれる木戸集いたるカマドウマ

 先を這う居間まで我を案内(あない)する

 チリ紙(ちりし)手に夫たわむるカマドウマ

友人M作

変なヤツ。でも優秀で面白い人。

だけどだけど、Mみたいにそんなに一人で「5」を集めちゃったら、他の生徒に配る分が全然なくなっちゃう。
世界の富も、こんな風に誰かがガッツリ独り占めしているんでしょうか?
してるんでしょうね。
だいたい、唯一「3」だった一番の不得意科目が家庭科なのに、それに通じる飲食を仕事にしているわたしはバカなのでしょうか?
バカなんでしょうね。
だから富が集まってこないのでしょうか? じゃあ仕方ないよね。
通知表とはまったく関係ないことまで自問自答し始めて、貧富の格差を憂うわたし。


そして後日、友人Mの「オール5」エピソードを、今回の参加者ではない別のご近所友人Nさんに話したところ、Nさんが言いました。

「そういえば、わたしも中学の時オール5だったな」。

えええええ? 本当に?
驚くわたしに、「うん、まあ、でも中学だから」と全然なんでもないことようにサラッと流すNさん。
なんなんでしょう、この地域は。
石を投げると「オール5」人間に当たるのですか?
「オール5」なんてそういないと思ってそこそこの優等生気分でいたわたくし、まことに井の中の蛙。
こんなに高級珈琲豆がウロウロしているこの界隈では、「オール5」の通知表というのはもしや希少価値が若干落ちてゲイシャかブルーマウンテンになるのでしょうか?
となると、当店の珈琲の価値はさらに下がって……。
通知表を珈琲に喩えたことで、店の立ち位置が心配になってしまうわたし。

今後はご近所さんに出会うたびに、「オール5って取ったことありますか?」と聞いてしまいそうな冬です。


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