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汚点

実家から衣類を運ぶ際、母が衣装箱に入れてくれたことがありました。

「御誂」という文字に惹かれます。

祖母の実家が洋装店で、そのお店の懐かしい箱です。
祖母はその洋装店で仕立ての仕事をしていたことがあり、わたしもよく服を作ってもらったものです。
姉や私の中学の制服は祖母が作ってくれたオーダーメイドで、夏用のプリーツスカートを涼しい素材で特別に作ってくれたこともありました。
雑誌などを祖母に見せて「こんな感じの服がいい」と言うと、布地を一緒に選んだりデザインを相談したりして、見事に所望した通りの服を作ってくれたのです。
祖母が日当たりの良い仕事部屋で、ラジオを聴きながらミシンをかけたり、チャコで印を付けたりしていた姿を今もありありと思い出します。
懐かしい良い思い出。


さて、この衣装箱ですが、中には薄紙のカバーがついていました。
どれぐらい昔の箱なのかは不明ですが、注目すべきは、しみが付いた際の対処法「汚点抜き法」が記された表。

素晴らしい表!

「汚点の種類」として、筆記インキ・鉄錆・黴・果実汁……などなど。

「汚点の種類」

「汚点になる主成分」として、鉄分・除き難い色素・酸分……。

「汚点になる主成分」

そして、それら汚点の種類と主成分に応じた「汚点抜き剤」を線で結んであります。

「汚点抜き剤」

これは大変便利で重宝。
永久保存に決定、と感心して眺めていると、この表中のさまざまな単語とはまったく別のことが思い浮かんできてしまいました。
この場合、「汚点」は「しみ」なのだけれども、わたしの脳内では、「汚点」=「人生の汚点」と勝手に変換されます。
「人生の汚点」にも、「汚点抜き法」はあるのだろうか。
ぜひとも知りたい。

人生の「汚点の種類」は、そりゃあもう色々ありますね。
人間関係・いろんな失敗・挫折……小さなことから大きな問題まで、数限りなく。
ただ、本人の心の持ちようで、必ずしも致命的な汚点になるとは限りません。

どうやらポイントと思われるのは、人生の「汚点になる主成分」。
これを、つい、
「アイツが悪い」
「お金さえあれば」
「時代が違っていれば」
「運が良ければ」
なんて、自分以外のせいにしてしまいがち。
わたしなんてもう、さんざん「アイツが悪い」とか思っちゃったもんね。
そうやって人のせいにしてしまうと、汚点はますます範囲を拡大させたり、くっきりと残ってしまったり、あるいは繰り返したりするのでしょう。

「汚点になる主成分」は、きっと、
自分のエゴ・執着・怠慢・臆病・虚栄・慢心・依存・保身・打算・妄信・逃避……などなどなど。
つまり、自分自身の弱さ。

いやー、人生の「汚点抜き法」あったらなあ、と改めて表をじっと眺めるわたし。
そして、表の上部の文字が目に入りました。

「ついたら直ぐに」

そうだなあ。
人生の汚点も、ついたら直ぐに対処すべし。
「反省」という「汚点抜き剤」は、意外に効果があるかも。

それでも残ってしまった汚点こそ、自分の一部と心得て、付き合っていくしかなさそうです。
キズや汚れがあることで、他人に優しくなれるもの。
それに、「しみひとつない人生」なんて、案外味気ないかもしれません。
生きてそれなりに年を重ねれば、お肌にだってシミはできるのだから。

まだ幼かったわたしが、シミだらけの祖母の手を見て「その黒いものは何?」と聞いた時、祖母は「これはね、年を取ると増えていくんだよ。それが全身に広がったらね、死んじゃうんだよ。嫌だねえ」と言って笑いました。

隠すも消すも自由ですが、汚点もシミも目をそらさずに受け入れたいと思う、西日が眩しくなる秋です。


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