うちのイチオシ
たまに、取材の方やお客様などから、「こちらのお店のイチオシは何ですか?」「ここのウリは?」「こだわりは?」と聞かれることがあります。
17年もやってるんだから、「もちろん、○○です!」とズバリお答えできるといいのでしょうが、わたしは毎度口ごもってしまいます。
もちろん、珈琲は豆の鮮度を保って挽きたて淹れたてを心掛けて、自信を持って提供しておりますが、豆自体は信頼できる珈琲豆店にお任せしていて、わたしが焙煎をしているわけではありません。
ケーキはすべてわたしが作っているけれども、どれもシンプルなもので、特別な技術を必要としません。
もっと凝った美味しいケーキが世の中にはたくさんあるし、自家製カレーもスパイス調合から作っているけれど、インドに修行に行ったわけでもありません。
お客様から「美味しい」と言っていただけると本当に嬉しいけれど、よそにもっと美味しいものがあることは百も承知です。
だから、「イチオシ」とか「ウリ」とか聞かれても、困ってしまうのです。
店をオープンした当初も、明らかに暇そうな当店を見て、「やっぱり『この店へ来たらコレ』っていう何か名物があるといいよね」と言われることが多々ありましたが、すみません、そういうの、ないんです。
「やる気あるの?」と言われることもありますが、やる気はこう見えても実はすごくあります。
お客様に満足してもらえる心地よい場所を作ることを目標に、自分が納得できる味と価格で、自分にできる範囲で、できるだけ長く心穏やかに続けるための「やる気」です。
でも、それは「イチオシ」や「ウリ」の答えにするには、とても難しい。
だいたい、面接で自己PRが一番苦手だったわたしに、店のウリなんてうまく答えられないのです。
わたしが面接官だったら、自分の長所を淀みなくとうとうと述べる受験者は採用しない気がしますが、そんなわたしだから独りで店をやっているのでしょう。
こんな意識低い系店主が営んでいるというのが、当店の特徴でもあります。
それでもあえて挙げるとするならば、うちのイチオシって何だろうと、しばらく考え込んでふと顔を上げると、日々変わっていく森の季節を映す窓が目の前に。
ここの「イチオシ」は、この景色でしょうか?
たしかに珈琲もケーキも、ここで味わうことに意味があるのだろうなと店内にて物思いにふけっていると、チラホラとお客様がご来店です。
仲良くお茶しながら笑顔でおしゃべりする常連様。
読書にふけるお一人様、ソファー席でくつろぐご夫婦様。
お天気の良い午後には、ひと汗流した登山者に、自転車、バイク、ゴルフ帰りの皆々様。
野良着姿で珈琲を味わう農家のおばちゃん、作業を終えたおっちゃん達も軽トラでやってきます。
お一人様もお二人様も、インドア派もアウトドア派も、オシャレさんも作業着さんも、誰もが見事に絵になります。
そして、気がつきました。
自然豊かなこの場所も、たしかに魅力のひとつではあるけれど、当店の本当の「イチオシ」は、絵になる素敵なお客様です。
当店を訪れてくださるユニークで魅力的なお客様たち。
わたしは店主ではあるけれどもただの店の一部で、店を舞台に主役であるお客様が人生のほんのひと時を過ごされる姿を、カウンター越しに眺めるだけです。
わたしの役目は、皆様がくつろいで過ごす時間と空間を、整えること。
というわけで、イチオシの主役であるお客様がいらっしゃらないと、店は成り立ちません。
18年目も、皆様のご来店をお待ちしております。
※トップ画像は、当店で毎年開催している一年に一晩だけの夜営業の風景です。