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除雪機牽引演習

現在暮らす高原に移り住んで、最初に大きな中古の除雪機(コバシ君)を使っていた思い出を以前記事にしました。

今回は、そのコバシ君の後を継いだ「フジイ君」の約14年前の思い出です。

さすがに20馬力の初代コバシ君は大きすぎて、当時まだ結婚前だった夫に相談して、中古のFUJIIの9馬力(通称フジイ君)を購入しました。
20馬力から9馬力へのサイズダウンの移行。
小さくなったことで断然扱いやすくなり、機械への抵抗感もなくなったわたしは、嬉々として初運転のフジイ君で除雪作業を始めました。

ところがすぐに、駐車場の入口ど真ん中で動かなくなってしまうという事態が発生。
小さいと言っても、立ち往生すると車の出入りを不可能にするサイズです。
幸い、その日のうちに彼(結婚前の夫)がすぐに駆けつけて修理してくれて、フジイ君は無事に移動できました。
でも、購入したばかりのフジイ君の不具合に、当時のわたしは不安でいっぱいになってしまったのです。

先代のコバシ君の時にも、いつ止まるかと毎回ヒヤヒヤしながら、いろんな人達の手助けのおかげでなんとか乗り切ってきました。
でも……
もし、また駐車場の入り口でフジイ君が立ち往生してしまったら?
もし、店の貸切やイベントや予約でお客様がご来店する時間が迫っていたら?
もし、誰にもすぐに駆けつけてもらえなかったら?
自分一人では、直すことも動かすこともできません。

その日の夜、そうやって最悪のケースばかり想像しはじめたら、涙が出てきてしまいました。
当時のわたしは中古の機械というものに全く理解がなかったし、いろんなことでいっぱいいっぱいになっていたのでしょう。
全部一人で、どうやって対処すればいいんだろう?
お客様を迎えることができなかったら、どうすればいいんだろう?
さらには、壊れる心配のない新品の除雪機を購入することができない自分への腹立たしさまで沸いてきて、涙がこぼれてしまったのです。

そして泣きながら以上のような弱音を、つい彼(結婚前の夫)にこぼしてしまいました。
どこかで優しい慰めの言葉を期待して。

ところが彼は、ニコリともせずに言いました。
「一番の問題は何? 
入り口で除雪機が立ち往生して車の出入りが不可能になることが問題だね。
誰かに連絡しても、すぐに来てもらえるとは限らない。
じゃあ、自分で対処できればいいってことだね。
フジイ君は、nakazumiさんの軽自動車で引っ張れるよ」

甘い慰めの言葉を期待していたわたしは、彼が何を言っているのか、すぐに理解できませんでした。
は? 引っ張れる? 車で? えーと……?
ポカーンとするわたしをよそに、身支度を整えながら「じゃ、今からやってみよう!」と駐車場へと張り切って出ていく彼。
かくして真冬の極寒の夜の駐車場で、ヘッドライトを装着してのフジイ君牽引演習が始まったのでした……。

彼は、フジイ君の引っ張っても大丈夫な位置を探し、ロープの繋ぎ方、引っ張る方向、丁寧に説明を始めました。
戸惑いながら指示に従いつつも、わたしは内心「自分はここまで一人でやらなくちゃいけないの?」と、切なさと心細さでこみ上げるものがあり、またしても涙目で自車のハンドルを握って牽引。
それでも、ロープを繋ぐ部分を忘れないよう撮影することは怠りませんでした。

14年以上前の懐かしい写真
今見てもチンプンカンプンです。
それにしても古い……たしか平成4年製の除雪機。

自分がやっていることをほとんど飲み込めないまま、夢中で指示に従っていたわたしですが、驚いたことに牽引演習を終える頃には、さっきまでの不安がなくなっていました。
最悪の場合、自分の軽自動車で移動できる! 
誰かをアテにしなくても、なんとかなる! と。

知らなかったこと、できなかったことが克服されるだけで、ずいぶん前向きになれるものです。
ウジウジとじっとしたまま、まだ起こってもいないことに不安がっているより、なんだかよくわからないけれど動いてみることで自分がちょっとだけ強くなれた気がして、たぶん嬉しかったのです。
そして自分の不安を、まだ十分に使える機械のせいにしていたことを反省。

演習を終えて部屋に戻った後、彼が言いました。

「まあ、ここまでしなくても、助けてと言えば助けてくれる人は沢山いるよ。大丈夫」

……それ、最初に言って欲しかったですなあ。


フジイ君は、その後12年の長きに渡ってわたしの冬の相棒を務めてくれました。
結局、軽自動車でフジイ君を牽引する事態は一度もなかったのですが、あの夜の演習は、決して無駄ではなかったと思っています。

ガタガタと体を揺らしながら一生懸命に働いてくれたフジイ君。
もう動かないし、使えないけれど、どうしても処分できずにパネルだけでも残しておきたいな、などと考えている除雪シーズンです。


夫によってフジイ君にこっそり書かれた「本とオヤジ」の文字。
当時は年配男性のお客様が圧倒的に多かったのです。


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