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遠隔父操作

ここ何年か、実家の父の確定申告書類作成を手伝っています。
パソコンは一応使える84歳の父ですが、毎年様式が微妙に変わる国税庁の確定申告書作成コーナーのサイトに手こずるため、この時期わたしが帰省して入力を担当するのです。

そして、これも毎年のことですが、「あとは提出するのみ」という段取りまで仕上げてわたしが実家から帰宅すると、必ず「数字に間違いがあったので修正したい」と父から電話がきます。
そこで仕方なく、実家のパソコンの前に座る父とスマホのビデオ通話で画面を確認しながら、遠隔操作によって修正の仕方を教えるのですが、これがなかなかに根気のいる作業。

まず、父のスマホをパソコン画面に向けてもらい、それをわたしが見て指示を出すのですが、そもそも父はスマホのカメラの位置がわかりません。
実家の壁しか映っていないビデオ通話画面に、わたしが「おとーさんおとーさん、スマホをもっと下に移して。いや、もうちょっと上」「はい、じゃあその右下のボタンをクリック……違う!」「次は、上から3行目の『ファイルの選択』をクリック……ううう、いやいや違う、もっと上!」「あっ! その赤いファイルは開いちゃダメ! その上のやつ! ああああ!」という調子で、もどかしいことこの上ない。


さて、今年も確定申告の季節。
父の確定申告書類を作成するべく、先日わたしは実家に帰省しました。
そして、何度も確認した後に提出するだけ状態に仕上げ、安心してわたしが帰宅した2日後、やはり父から「修正したい」との電話がきました。
その時わたしは翌日の店の営業のために仕込みをしており、その後には除雪をしようと予定していました。
だから、父からの電話が、わたしが電話に出られない除雪作業を始める前で良かった、とまず思いました。
父はきっと、すぐにでも解決したくて電話をかけてきたに違いないからです。

話を聞いてみると、案の定自分で修正を試みたけれども、まったく違う操作をしており、実家のパソコンの前で行き詰っている様子。
そこで、わたしはいったん仕込み作業を中断し、スマホで父の修正内容を聞きながら自分のパソコンを立ち上げ、確定申告書作成コーナーのサイトを開いて父に言いました。

「まずネットで国税庁のサイトを開いてみて。
そこからデータを呼び出して修正入力をするんだよ。
今、わたしも国税庁のサイト開いた。
これから同じサイトを見て確認しながら手順を伝えるから、それに従って修正していこう。
またちょっと時間かかるよ。準備いい?」

すると父が言いました。

「おぉ? 時間かかる? そうか。
 あの~、これからねぇ、お母さんとお茶の時間だから、その後で頼む」

……。
……え?
娘が自分の仕事の手を止めて、この後もまだやらなくてはいけない作業が残っているところを先延ばしにして、すぐに解決すべく最優先で父のためにスタンバイしたというのに、「母とお茶を飲む」から後にせよ、と?

「おいコラー!」と言いたいところですが、ぐっとこらえてわたしは言いました。
「あ、あ、あ、そう。これからお茶なんだね。お母さんによろしく。
 じゃ、後でね……」。

娘、「母とのお茶」に負けました。
夫婦のお茶の時間は、何よりも大事。
そんな夫婦に、わたしもなりたい。


結局、母とのお茶を楽しんだ後の父から再度連絡があり、例によって遠隔父操作で修正を試みましたが、果てしなく時間がかかりそうなのでいったん中断したところ、父はその後自力で修正することに成功し、プリンターの不具合で再々度連絡してきたけれども、これまた最終的には自力で克服し、無事に書類作成を終えました。
すごいよ、お父さん。

テンポの合わない会話に時おり苛立つわたしの口調にもまったくめげず動じずたじろがず、逆ギレするどころか終始穏やかに説明を聞き続け、そののちに疑問点を質問し、自ら努力した上で、何度も「ありがとう。助かった」と嬉しそうに謝意を口にする父。
そんな父を前に、つい語気を強めて説明していたことを反省するわたし。
父のような辛抱強い温厚な人間に、わたしもなりたい。
……けどたぶん無理。

父とのこんなやりとりも、実は毎年けっこう楽しんでおります。




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