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【ショートショート】 刑事コストと怪盗バリュー

わたしの名は怪盗バリュー。一匹オオカミの個人事業主だ。

ハッキリ言って、わたしはそんじょそこらのコソ泥とはわけが違う。どこが違うかって?
コソ泥たちが狙うのは価格の高い商品だ。しかし、わたしは価格ではなく、人にとって価値が高いと思うものをターゲットにしている。それは必ずしも高価なものとは限らない。

そして本日ゲットしたものは、「ひとときの安らぎ」だ。

不安やストレスの多い現代社会において「ひとときの安らぎ」には価値がある。
しかし、世の中では実体のないものに対しての評価は低い。映えたり数値化できるものほうが評価しやすいからだろう。
そこで世間が正しく評価できないのなら、わたしが頂いてやろうと思ったわけだ。

だが、今夜はヘマをした。

どこで情報が漏れたのか、警察が張り込んでいたのだ。さらに運が悪いことに指揮を取るのが、わたしの永遠のライバル刑事コストだったとは!

「まてー!怪盗バリュー!」

まったくしつこい奴だ。刑事コストはどこまでも追ってくる。
かれこれ1時間はカーチェイスが続いていた。

「ぬはははは。わしから逃げ切れると思うなよー!」
「いい気になるなよ。こっちはまだ本気を出しちゃいないぜ。ちょっとスピードをあげてやればお前なんかすぐに引き離せるんだ」

愛車の『ウリアゲ』には様々な仕掛けがしてある。
わたしはハンドル(ちなみに左ハンドル)の右下にある「サービス向上」のスイッチを押した。

ウリアゲ(の速度)が一段上がる。

「サービス向上」について説明しておこう。
サービス向上にも色々あるが、この車は低燃費を売りにしているため、経費がかからないものを採用している。なによりも大きいのは人の意識だ。
より良いサービスを心がけることによって価値は上がる。この上がる力を利用してウリアゲ(のスピード)も上がるのだ。

「どうだ!これでもついてこれるか?」

余裕しゃくしゃくでバックミラーを見た。

「なんのなんのぉ!その程度価値を上げたからといって、わしのコストアップ号(こいつのボロ車)からは逃げられんぞぉ!」

驚いたことに引き離すどころか差をつめられている。

「クソ!人の意識を上げる程度じゃ、コストに追いつかれちまう!」

いったいあのボロ車は何を燃料に走っているんだ。これで振りきれるだろうと思っていたのに。

「はははは。今までのようにはいかんぞ!こちらも機能を追加しているんだぁ」

車を横づけにして走りながら、刑事コストが嬉しそうに話しかけてきた。

「見ろ!「原料費高騰」「最賃上昇」「知らぬまに増えてる手数料」これらの機能でコストアップ号は飛躍的に進化したのだぁ」

あなどっていた。いつの間にそんなグレードアップをしていたんだ。

「いいことを教えてやろう。もっとウリアゲ(のスピード)を上げたければ「値上げ」のスイッチを押すことだなぁ」
「そんなことはお前に言われなくてもわかってる!」

簡単に言いやがって。値上げをするのは諸刃の剣だ。急に使用すれば負荷が大きいため、逆にウリアゲが失速する可能性もある。奴はそこを狙っているのだ。

「どうした、どうした?コストさまにこれだけ迫られたら、値上げする以外に方法はないだろう?さっさとやったらどうだ?」

どうする?

一か八か「値上げ」のスイッチを押すか?

いや、いまの状態で「値上げ」のスイッチを押せば、ウリアゲは失速してしまう。
本来、「値上げ」のスイッチは何段階もある価値を上げ、加速がついた状態で使うと最大限の効果を発揮できるように設計されている。
そして価値とは相対的で絶対的なものなどない。個人事業主とは日ごろから情報をあつめ、地道な努力をし、失敗と成功を重ねながら少しずつ価値を上げていくものなのだ。

「さあ、値上げしろ!値上げしろ!そうすれば楽にウリアゲが上がるぞぉ!」

他に価値を上げれるものはないだろうか?
「ここにしかない商品」、「独自のサービス」、「人とのつながり」、すでに全てのスイッチはONになっている。まだ加速するには時間が必要だ。

ここまでか・・・。

わたしは静かにブレーキを踏み、車を止めた。

「んん?どうした?降参かぁ?」

コストはウリアゲの行く手を塞ぐように車を止め、手錠をかまえてわたしへと近づいてきた。

「よく聞け!お前たちは価格を上げればいいだけだと簡単にいう。でもなぁ、価格は簡単に上げれても、人が受け取る価値は簡単には上がらないんだよ!みんなが一年前に飲んだコーヒーより今年飲むコーヒーの方が美味しいと感じるとでもいうのか!」
「そんなことわしが知ったことか。上げれないなら、あきらめて素直にお縄になりなぁ」

コストが手錠をかけようとしたとき、一瞬の隙をついて最後のスイッチを押す!

「経費削減」ON!

装備をまとったウリアゲのボディが次々と外れ、最低限のスリムな車へと変貌する。
わたしはギアをバックに入れ、アクセルを全開まで踏み、高速で逆方向へとスピードを上げた。

「あばよ!コスト!いくらお前たちが潰しにかかっても、個人事業主の火は消せないぜ!」

地団駄を踏むコストの姿が、だんだん小さくなっていく。

危ないところだった。ウリアゲ(のスピード)を上げることに執着していれば捕まっていたかもしれない。ときには生き残るため削ぎ落とす選択も必要だろう。

胸をなで下ろすとともに、終わりのない競争に暗い気持ちが沁みてくるのだった。

【解説とあとがき】
近年稀にみるコストアップに迫られています。どこの個人事業主も価格に転化するか判断を迫られていますが、常連さんに申し訳ないような気がしたり、逆に売上が落ちてしまうのではないかと不安になったりします。
いままでは売上があがっていくなかで値上げをすることで来客数をしぼり、仕事量をコントロールしてきました。しかし今は売上が上がっていくフェーズではないにも関わらず外圧で強制的に値上げを迫られる状態です。
さてさて、どうしたものか。いまも悩み続けております・・・。


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