6月に35度を超えると珈琲屋はろくなことを考えません
暑い。
まだ6月だというのに気温が35度を超えるなんて、どうかしている。
私は誰もいない店内から恨むような目で外を眺めていた。
これだけ暑いとお客さんはこない。一般的に喫茶業は夏の期間はアイスコーヒーを飲みにくるお客さんで賑わうように思われているようだが、それは一部の繁華街にあるお店だけだ(多分)。当店のような立地の悪いお店は「その店に行こう」という意思がないときてもらえない。暑いなかアイスコーヒーを飲みにお店に行くぐらいなら、最初から涼しい家で過ごした方がよい。
この店内の静けさは暑さのせいであって私のせいではない。近所にはこの暑さでも賑わっているお店はあるが、その件については深く考えないようにしている。
「しかし、ほとんど人が歩いていないな」
思い切って、前を通りがかった人にアイスコーヒーの試飲でも渡して営業しようかと考えていた。しかし、声をかけるといっても怪しまれずに声をかけるにはどうすればいいだろうか? 暇な私は営業トークをシュミレーションすることにした。
店の前を日傘をさしたご婦人が買い物かごを抱えて通り過ぎていく。
シュミレーション① 買い物へ向かうご婦人
「もしかして、子供達にせがまれて今夜のおかずはトンカツを作らないといけないのではないですか?こんな日に揚げ物なんて作ったら気を失いますよ。しかも旦那が「今日は暑いからそうめんでいいよ」なんて言いやがったらカチンときますよね?「そうめん茹でんのも暑いんだよ!」って言いたくなりますよね?そんなイライラも冷たいアイスコーヒーがあれば一気にクールダウン!」
説得力はありそうだが、そもそも今夜のおかずがトンカツやそうめんであるかが不明なため声をかけるのをやめておこう。
しばらくすると、学生のカップルが楽しそうに話しながら通り過ぎていく。
シュミレーション② 若いカップル
「暑い日にわざわざお熱いなんて幸せですね。でも冷静になって考えてください。本当にそのパートナーで大丈夫ですか?季節もやがて秋になり冬がきます。熱さが冷めたとき一体何が残るというのでしょう?もう一度冷静になって考えるために、うちでアイスコーヒーでも飲んでクールダウン!」
ダメだ。きっと男の方に殴られるだろう。決してペテンにかけているわけではないが、そんなことはもっと年を重ねてから考えればいい。
今度は電動キックボードに乗った男性が通り過ぎる。
シュミレーション③ 電動キックボードに乗る人
早すぎてムリだ。
「・・・、営業といってもむずかしいもんだな」
結局のところ、いつも通りなにも行動せずに終わってしまうのだろう。
知性があるだけに何でも先を見通してしまう自分が恨めしい。