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【ショートショート】 ハンバーグ風常連客の作り方
「サービス業の料理教室」
「それでは、これより料理教室を始めます」
教室に先生の声がひびく。
私は初めて料理教室に参加している。
目の前のホワイトボードには本日のお題として『ハンバーグ風常連客の作り方』と書かれている。
「ではみなさん、最初は材料となる「お客さま」を選んでください。あちらの棚に様々な「お客さま」が置いてありますので、ご自身の好みに合わせて好きなものを取ってきてください」
先生はなかなかにキレイな人だ。
「センセイ!この中で一番高級な「お客さま」はどれでしょうか?」
良いところを見せようと、私は質問してみた。
「「お客さま」を値踏みしてはいけません。お金があるからといって常連客になってくれるわけではありませんよ。それよりも自分に合うものをお選びください」
おっと、いきなり怒られてしまった。ちょっと張り切りすぎたか。
「センセイ、「お客さま」はタイプが違うものを混ぜ合わせても大丈夫ですか?」
隣にいた男性が質問する。
「いい質問ね。同じタイプの「お客さま」ばかりだと、ちょっと偏ってしまう可能性があります。タイプの違うお客さまが入店されたとき「入りづらさ」を感じてしまうかもしれません。あらかじめ違うタイプの「お客さま」を混ぜておくといいかもしれませんね」
こいつ、気にくわねぇ。
腹のなかで黒いものが渦巻いたが、顔は平静を装っておく。
「材料えらび」
「いやぁ、しかしほんとに色々な「お客さま」が置いてあるなぁ」
棚を見ながらつぶやいた。
たしか混ぜ合わせるといいって先生はおっしゃってたな。これとこれなんか面白そうだ。私は斬新な常連客を追求すべく、二つの「お客さま」を手に取った。
「ちょっとあなた!何をやってるの?そんな二つがお店でうまく混ざり合うわけないじゃない!」
片手にギャル風の女子高生、もう片手に無気力な中年男性を手にしていた私はまたしても怒られることになってしまった。
「これじゃ水と油でしょ。女子高生ならフードコートやファストフード店、中年男性は公園で缶コーヒーが似合うじゃない?」
「すいません、おもしろいお店になるかと思いまして・・・」
「奇をてらう必要はありません。もっと自分に合う「お客さま」を探してください!」
仕方なく私は話しやすそうな「お客さま」を数人選んで自分のテーブルに戻った。
「ボウルに入れて混ぜる」
「みなさん取ってこれましたか?それでは取ってきた「お客さま」をお手元のボウルに入れてください」
私は指示に従って選んできた「お客さま」を次々とボウルに入れていく。
「ちょっと、あなた何やってんの!そんなにいっぱい入るわけがないでしょ?キャパシティーを考えないと」
先生が私の前にたって目くじらを立てている。
「多くの方に入ってもらいたいと思いまして、つい・・」
手元では「お客さま」がボウルに入りきらず溢れかえっている。
その困惑する顔を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちがして心が痛んだ。
「みなさん、すいません。本当は全員に入ってもらいたいんです。なのに、うちが小さいばっかりに・・・」
そう言いながら、溢れた「お客さま」を棚に戻していく。
ボウルに入れなかった「お客さま」は「いいよ、いいよ。また来るから」と、こちらを気づかってくれている。
なんと温かい「お客さま」だ。今度、空いているときに入ってもらえたら、ゆっくりお話させてもらいたい。私の心も少し温かい気持ちになった。
「ボウルに入れたら、手を使ってしっかりと混ぜてください」
感傷に浸っている暇はない。私はせっせと「お客さま」を混ぜていく。
この「お客さま」と、この「お客さま」は合いそうだな。仕事も似てるし、雰囲気も近いものを感じる。そんなことを考えながら混ぜていると、先ほどの失敗のことは忘れ、なんだか楽しくなってきた。
「では、ここで「つなぎ」になるものを入れましょう」
「つなぎ」といえばコーヒーに勝るものはない。私は持参した自慢のコーヒーを淹れ、「こちらのお客さまは同じような〇〇のお仕事をされているんですよ」と別の「お客さま」に紹介してつないでいく。すると「そうなんですか」と言って、お客さま同士で話が盛り上がり始めた。それを見て、私はますます楽しくなってきた。
「下味をつけ、お好みでスパイスも入れてくださいね」
私はスパイスとして色々な話題をふることにした。「仕事の話」「文化的な話」「体験した驚きのできごと」など「お客さま」に合わせて適宜入れていく。
ふった話は「お客さま」たちの中でどんどん膨らみ盛り上がっていく。私なんかでは話の内容についていけないこともあり、勉強不足を痛感させられる。
しかし、不思議なことにこの作業を繰り返しているうちに、何だか自分好みの美味しそうな香りがしてきたのだ。
「オーブンに入れて焼く」
「混ぜ終わりましたら、火が通りやすい大きさに分けてオーブンで焼いていきます」
こっちの「お客さま」はカメラが好き、こっちの「お客さま」はテニス。私はコミュニティを作って「お客さま」を分け、それぞれをオーブンに入れた。
「最初はどうなることかと思ったけど、途中からは順調にできたじゃないですか!」
この日、私は初めて先生から褒めていただいた。
「いやぁ、最初はちょっと欲張りすぎちゃいました」
「そうですよ。あまり欲張っても本人の資質以上にお店は大きくなりませんよ」
「へへへ」と照れ笑いを浮かべ、私はドヤ顔で隣の男性に目をやった。
すると驚いたことに隣の男性はすでに出来上がっており、皿に盛られた「お客さま」が所せましと並べられている。一見したところ全て均一で可もなく不可もなくといった仕上がりだ。
「す、すごい数ですね」
勝手に抱いていたライバル心も吹き飛んで、男性に話しかけた。
「うちは利益を出すためにやっているので、とにかく沢山作らないと。そのためには一人一人に合わせるより最大公約数を考えて、効率よく作らないといけないんです」
同じものを作っているようで、色々な考え方があるもんだ。
焼きあがった自分の「お客さま」を見て、あまりの不揃いさに苦笑した。ひとつひとつは違う形をしているが、どれも私に合った美味しそうな仕上がりだ。
オーブンから出た「お客さま」は、もうすっかり「常連さん」へとなっていた。
「試食する」
試食が始まり、私は皿に盛りつけた色々な「常連さん」との時間を楽しんだ。
自分の資質を高めると、もっと多くの「常連さん」を作ることができるかもしれない。
今日とったメモを見ながら、気づいたことや感想を書きとめていく。
・「お客さま」を見た目だけで判断してはいけない
・常連さん以外の人が入りにくい雰囲気を作らない
・お互いにリスペクトする関係性を築くべし
・感謝の気持ちを忘れないように
・相手に合わせたコミュニケーションを考える
・自分の資質以上に店は大きくならない
・信頼関係が築ければ、一歩踏み込んだコミュニティを作るのもいいかも
「今日は勉強になったなぁ」
カフェをするなら、コーヒーやケーキだけでなく、お客さまも作っていく意識が重要なのだと今回の教室で学ぶことができたのである。