「常夏姫と冬蛇の王」第4話 不変の第一王子
汪夏北都をソーカル王たちと共に発って、三日が過ぎ。
四日目にしてようやく、リーザたちはスメイア国の王城へと辿り着いた。リーザは幼い頃から乗馬の心得もあったので、道中新しい馬を与えられ、現在はラースタチカと共にソーカル王の後ろを並んで進んでいる。スメイア国の王城、スカラ城へと続く門をくぐると、王の帰還を知らせる角笛が高らかに鳴り響いた。
リーザとラースタチカが城門をくぐってすぐ馬を降り、城の者に馬を任せていると、既に馬を降りたソーカル王が声を掛けてくる。
「リーザ君、さっそくだけど君の旦那さんになる王子を紹介したい。けど、ちょっと待っててくれないかな? 城のジジババたちに軽く報告に行ってくるから。めんどくさいけど」
「は、はい。わかりました」
リーザは素直に頷いて見せるが、隣にいるラースタチカは呆れたような眼でソーカル王に小言を零す。
「長老たちをそういう風に呼ぶのは止せと、何度言ったらわかる。それと公務を面倒臭がるな」
「もー、ラース君は厳しいなあ。んじゃ、リーザ君の案内は頼んだよ、ラース君」
ソーカル王はラースタチカの小言を軽く流して行ってしまう。ラースタチカはまた小さく息を吐きながら、リーザを振り返った。
「では、君を第一王子がおられる東塔へ案内する。ついてこい」
「はい。おねがいします、ラースタチカ……王子……えっと、デンカ……?」
リーザの未だ拙い北大陸語に、ラースタチカは思いがけずといったように微笑みながら、小さく首を横に振った。
「もっと気楽に呼んでくれ、話し言葉も君が使い慣れたものがいい。慣れないだろう。リーザ殿とは歳も近く見えるしな」
「ご、ごめんなさい……じゃあ、ラースタチカさん」
「謝らないで。……うん、それがいい。では、行こう」
こうしてリーザは、ラースタチカに連れられて広大なスカラ城敷地内を歩き出した。
◇◇◇
左手に見えるスカラ城は、とても古めかしい石造りの王城であった。所々が蔦に覆われ、荘厳な印象を受ける古城。王城に着くまでの道中、ソーカル王から聞いた話では、スカラ城は古代のスメイア人によって巨大な岩山を削り出して造られた城なのだとか。
リーザが王城を見上げながらそんなことを思い出していると、不意に前を歩くラースタチカが「……今更遅いのだが」とリーザに声を掛けてくる。
「すまない、リーザ殿。第一王子との婚姻の件……ほとんど、無理やりという形になってしまった。北都で〝夏呼び〟をしている君を見つけ、君を宮廷霜祓いに如何かとソーカル陛下に推薦したのは俺だ。だが、同時に陛下がよからぬことを思いついたのも、すぐわかったのだが……まさか、王命での第一王子との婚姻とは……思いもよらなかった」
リーザはラースタチカの申し訳なさそうな低い声に、ぶんぶんと首を横に振りながら言葉を返す。
「そ、そんな! 謝らないで、ラースタチカさん! わたしずっと、霜祓いになることが夢だったから本当にうれしいよ……! だから、推薦してくれたラースタチカさんにも、ありがとうの気持ちしか、ない!」
霜祓いに、本当に成れるかもしれない。その事実に未だ高鳴りが抑えられないリーザの心音であったが、第一王子との婚姻についてを思い出すと、高鳴る心音が緊張によるものへと変わる。
リーザは腕に抱える木円盤をぎゅっと抱きしめて、不安げな声を漏らした。
「……だけどやっぱり、わたしなんかが、その……王子さんのお嫁さんには、なっちゃいけないんじゃないかって。すごく思う。というか、そもそもわたしが、誰かのお嫁さんに成っちゃ駄目なんだって、思うから。それに王子さんの方もきっと、わたしがお嫁さんだなんて、嫌なんじゃないかな……駄目なんじゃ、ないかな」
「……」
ラースタチカは微かに驚いたような眼で、リーザを振り返った。しかし、直ぐに視線を逸らして、ぽつりと呟く。
「兄者と君が……君たちが出逢ったら。何を思うんだろうな」
兄者。第四王子であるラースタチカには、三人の兄がいるはず。話の流れからして、やはり件の第一王子のことを言ったのだろうか。リーザがそんなことを考えていると、ふと、目の前に、見上げてもてっぺんが見えないほど高い塔が聳え立っていることに気が付いた。おそらくこの塔こそが、第一王子が居るという東塔だろう。
東塔の扉の前までくると、ラースタチカは立ち止まり、リーザもラースタチカの隣へと並ぶ。そして、ラースタチカは一度眼を伏せ、深く息を吐き出した後にリーザを振り返った。
「リーザ殿が第一王子の妃となる。これは王命だ。覆すことが出来る者は、ほとんどいない。だからこそ、第一王子に嫁ぐ君に、まずは伝えなければならないことがある」
ラースタチカは、どこか迷っているような眼をしていた。しかし、それも一瞬のことで。次にリーザを見据えてきた眼は、何か覚悟を決めたような、鋭く強い視線であった。
「スメイア国が建国されて、およそ三百年。時が移ろうに連れて、人も国も変わらぬものなどない。だが、この国においては、〝変わらぬもの〟がいくつかある。その一つが、第一王子だ。この三百年、《《第一王子を務める者》》は一度たりとも変わっていない」
「え……?」
三百年変わらない——第一王子を務める者。ラースタチカの言っていることの意味がわからなくて、リーザは思わず声を漏らす。そんなリーザにも理解できるよう、ラースタチカはゆっくりと語りかけた。
「つまり、スメイア国が第一王子はおよそ三百年生きる——人ならざる存在に、近しい者だ。兄者は……第一王子は、三百年前から今を生きる、そんなヒトなんだ。その姿も……見る人によっては、〝異形〟に見えるかもしれない。〝怪物〟などと、恐れる者も少なくない。君が嫁ぐ相手は、そんなヒトだ」
リーザは微かに眼を見開いて、ラースタチカの語る言葉を聴いていた。
自分が嫁ぐ相手は、どうやら三百年という悠久を生きてきた、自分とは比べ物にならないほど凄い人らしい。
「……」
「……怖く、なってしまったか?」
黙りこくったリーザを窺うように、恐る恐るラースタチカがそう尋ねてくる。リーザは己の思ったことを口にしようとしたが、上手く北大陸語に変換できず、口を動かすだけで声が出てこない。しばらく、そんな二人を包んでいた異様な静寂を破ったのは、軽薄だが静かな声であった。
「こーら、ラース君。あんまりリーザ君を試すようなこと、しない」
「! ……陛下。聞いていたのか」
「まあね~。ラース君が、リーザ君の旦那さんがどんな人か~って言ってるところから」
「……すまない」
ラースタチカの肩をぽんと叩いたのは、いつの間にか二人の間に入ってきたソーカル王であった。小さく謝るラースタチカの肩を、眉を下げながらまた一つ叩いてやると、ソーカル王はリーザにも向き直る。そして、相変わらずの笑みを浮かべながら小首を傾げて見せた。
「それで、どう? リーザ君。彼に会えそう?」
リーザは、ようやく己の中の感情が北大陸語でぴったりと当てはまった気がして、はっきりとした声でソーカル王に応えた。
「はい。わたし、会いたいです、第一王子さんに。だって——三百年も生きてる人なんて、本当に、本当に凄いと思うから。きっと、わたしが知らない世界を、数え切れないほど知っている、そんな人だと思うから。お話、してみたいです。絶対」
ラースタチカが短く息を吸う音が聞こえる。ソーカル王は、どこか楽しげににんまりと笑って、東塔の扉に手を掛けた。
「そうだね。じゃあ、お望み通り、久しく逢いにゆこう——我らが〝冬蛇の王〟のもとへ」
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