見出し画像

パラサイト・トゥーム

「心が落ち着くんだよね」
 そう言って女性は、AC/DCを大音量でかけながら、緑の御影石の墓石をブラシで磨いている。BOSEの携帯スピーカーからはHighways to Hellが流れている。なんだ、このばあさん。細身で巻き毛。いかにも描きましたという眉をしている。

市街地の外れにある浄土宗寺院の本堂裏手の墓地に叔母が眠っている。子どもの頃からかわいがってもらい、留学の費用を出してもらった。亡くなって2年。墓参りに行くのは初めてだった。

10月半ばの平日の夕暮れ。周りは稲刈りが終わった田んぼ。大音量のばあさん以外、墓地には誰もいない。
「ライター持っていないかい?」と彼女のほうから話しかけてきた。僕はタバコを吸わないが、線香をつけるので今日はライターを持っていた。一服しながら彼女が言う。
「毎日来てるんだ。静かだろ? ここ」
メタリカのEnter Sandmanのバストラが響く。

「あんた、寄生蜂って知っているかい。母親がハエの幼虫の体に卵を産みつけて、体内で孵化した幼虫がハエの幼虫から栄養を奪い、サナギになったら中身を食い尽し、羽化してサナギの殻から出てくる」
「残酷な話ですね」

「人にとっての寄生蜂は、ものがたりさ。宗教とか国家とか学校とか会社とか故郷とか家とか、そんな誰が語り始めたのかわからないものがたりが、母親の胎内にいるときから寄生してくる。ものがたりは、人から養分を奪って大きくなる。気づいたときには働きすぎて死んじまったり戦争にかり出されたり」

 うーむ、ものがたりなんて実体のないものに自分の命が収奪されているなんて実感はないけれど……。
「寄生も共生も人が決めたもんだ。長い目でみれば、どちらも自然のバランスのなかの営みなんでね。お墓は、あたしの寄生蜂。あたしもお墓もここで生きてる」

 町内放送のスピーカーから流れる「夕焼け小焼け」が聞こえる。曲が終わると、あたりは静かに──。小さな虫が飛び去った。

いいなと思ったら応援しよう!