ライブゲーム 第3話「水害の日」(修正版)
この記事は、週刊少年マガジン原作大賞で投稿した、
https://note.com/ca110/n/n19859d3f8e9aを一部加筆修正したものである。
第2話「1億2700万分の14」
https://note.com/ca110/n/n54244eba0a38
本編
「随分と早いな」
9月8日、土曜日、午前10:30。約束の時間の30分前、駅前ロータリに停まっていたあの黒いワンボックスカーの運転席から、荒垣さんが顔を出していた。促されるまま助手席に座り、大きなあくびを1つする。昨日からあまりに眠れていない。というよりあの話を聞いてしまったせいでこの一週間ほとんどまともに眠れていない。それほど僕が聞いた話は衝撃的で、恐ろしい話だった。
「ゲームってなんなんですか。というかこのお金って本物なんですか」
「本物なのだけれど……そうね、あなたの年齢だと信じられないくらいのお金ね」
その人が初めてちょっと微笑んだ。こっちとしては全然冗談じゃない。手汗がお札の束にだんだん染み込んでいき、お札の端が波打つ。その様子を放心状態でぼーっと眺めていたら、フロアにエレベーターの到着音が響いた。
「荒垣さん、今ちょうど」
「ああ、堀田から話を聞いている。その子が三島君だな」
エレベーターから出てきたのはガタイが良い男性だった。多分40近い。僕を迎えに来た女性の方は、荒垣と呼ばれた男性に会釈をすると、
「じゃあ、後はよろしく。私は先に上へ行ってるから」
と、そのままエレベーターに乗り込んだ。男性の方はこちらに向き直ると、人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、話しかけてきた。
「堀田から君に説明しろと言われたんだが、その前に1つ確認していいか、
三島君」
「はい」
「今からする話が、どんなに嘘っぽくても最後まで聞いてくれること、そして今日聞いたことは誰にも話さないこと。唯一親御さんだけには話してもいいが、その場合は俺から説明させてもらうから自分で今日聞いたことを説明しようとせず、俺に連絡すること。いいな」
にこやかな笑顔でしかしきっぱりと言い切る。条件は極めて怪しい。あとなんかガタイが良くて、よくいる厳しい体育の先生っぽい見た目でで笑顔が自然なのも逆に怪しい。しかし両親に話してもいいということは、このお金は少なくとも犯罪に関するものではないのか。それとも親に伝えたいと連絡したときは上手く言いくるめられるのか。
考えても答えはでないが、ここまで来て手ぶらで帰るのはナシという結論になった。
「分かりました」
荒垣さんは満足そうにうなずいた。なんだか所作1つ1つが無駄に気張っているように見える。
「簡単に言うと、日本にいる全ての人間は毎週土曜日の昼12:00からゲームに参加させられているんだ。ルールは単純で、全国のどこかにいるボス相当のものを倒せばクリア。クリアまでに生き残った人間は1000万の賞金を山分けして獲得できる。今の君のようににな」
握りしめた札束に目を落とす。同時に様々な光景がよみがえる。消える花岡、電柱に激突した車、人々の悲鳴、瞬間移動してきた女の子。あれが、ゲーム?
「そして重要なのが、ゲームをクリアした瞬間、ゲームスタート以降に生じた事実は全部なかったことととして、時間が12:00に巻き戻り、以降ゲームの発生しない普通の土曜日が続いていく。時間が巻き戻る際、ゲームクリア者以外のゲームに関する記憶は消去される、というわけだ。おおまかな説明は以上だが聞きたいことはあるか」
相変わらず言葉を失ったままだが、考えだけは頭の中をぐるぐる巡る。冗談なのか?冗談にしては説明が簡潔で、面白いところもない。でも現実だとしたら、言っていることが何もかもおかしい。時間が巻き戻るということ1つとってもありえないことだ。誰が、どうやって開催している?賞金はどこから?なぜ日本全域という大規模で?そして何よりクリア者が少なすぎる。約70万円もらったのだから、20人も生き残っていない。計算間違えしている?でも200だとしても2000だとしても少ない。明らかにゲームバランスがおかしい。前回はどうやってクリアした?考えがまとまらな過ぎて何から聞いたらいいかが分からない。
意味が分からないことだらけだが、1点だけ、荒垣さんの発言を聞いて気になったことがある。重要なのがという言葉が係っているのが「ゲームをクリアした瞬間、時間が巻き戻る」という部分だ。ここが重要なのだとしたら1つとても気になることがある。
「もし、誰もクリアできなかった場合はどうなるんですか?」
「時間の巻き戻りは起こらない。例えば先週失敗していたら、みんな光線で消されて、生物は誰も残っていない日本列島が出来上がっていた」
「それって……」
「日本に住む人にとっては世界の終わりだな。外国がどうなるかは分からない」
「じゃあなんでまだ世界が終わっていないんですか。あまりにもクリア者が少ないのに」
「そうだな。今回で言えばクリア者はたった14人だ。しかしその内、君を除く13人は複数回クリアをしている経験者だ。経験者にとっては毎週のゲームをクリアするのはそこまで難しいことじゃない。俺やさっきまでいた新菜、電話で君が話した堀田のように何回もクリアしている人間がずっといるからまだ世界は終わっていないんだ」
まだ疑問は何個も残っている。なにから質問するか迷っていると荒垣さんのほうから口を開いた。
「君は朱莉と前回のゲームで会ったのか」
「はい」
「朱莉はどうして前回のゲームで死んだんだ。喋ると長くなるんだが、朱莉は我々の中でもクリア経験が多かった。簡単には死なないはずなんだ」
「僕と会ったときにはもう片足が切断されていて、電話をかけた後、光の線を避けずに当たって消えました」
「そうか」
長い沈黙が訪れる。荒垣さんの表情は読めない。朱莉と呼ばれる子は、ゲーム内で死んだだけで今は生きているはずだ。死別の辛さはないはずだ。
「まあ、こんな説明聞いたところで、はいそうですかって納得できるものでもないだろう。もし今週の土曜空いているなら朝11:00に矢萩駅の北口ロータリーに来い。もう1回その眼でゲームを見たら嫌でも信じるさ。それにゲームが始まってからの方が説明しやすいこともあるからな」
この話を聞いて以降、僕はこのことばかりを考えていた。今ふつうに連続して続いていると思っている日常は、毎週土曜日にゲームという名目で1回壊され、そして誰かがゲームをクリアしてくれるおかげでまた日常に戻れている。簡単に言えばこういうことだろうが、相変わらずイミフだ。ピンとこないというのが正しいか。
でも目を瞑ればまだあのときの次々と人が消えていった光景をありありっと思い出せる。それがなによりただの夢ではなかった証拠に思える。
約束の土曜が近づくにつれ、頭の中がどんどんこの不思議なゲームに関することで占められていった。
気が付くと、約束の1時間前には駅のロータリーに立っていた。
荒垣さんは僕を拾うとそのまま市街地とは逆の方面に車を走らせ始めた。カーナビのラジオからは、CMかなにかで聞いたことあるクラシック音楽が流れている。車は、このまま真っすぐ行くと山に入る。中腹には巨大な公園があり、さらに上へ行くと、天文台もあるはずだ。
「まだ時間があるから、少し説明しきれなかったことについて説明しよう」
赤信号で止まったとき、ナビをいじりながら、荒垣さんはそう言ってきた。ラジオが切り替わり、軽妙なトークが流れ始めた。
「はい」
僕は短く返す。とにかくこれから起こることに対する不安で頭がいっぱいで、あんまり楽しくペラペラしゃべる気にはならなかった。とにかく荒垣さんの話に静かに耳を傾ける。
「まず、複数回クリア者がクリアしやすい理由についてだが、毎回ゲーム終了時に次のゲームのコンセプトがアナウンスされる。君も聞いているはずだが、覚えているか?」
「いえ、記憶にないです」
「そうか。まあ意識しないと聞きづらいからな。今回は水害の日。別に文字通り水害が起きるとも限らないが、めちゃくちゃ関係ないことが起きるわけでもない。少なくとも火の海になったりはしないってことだ。だから我々、クリア者はゲーム開始前にあらかじめ備えることができる。これが言うまでもなく、クリア者と非クリア者の大きな差だ」
「水害だから山に向かうんですか」
「早い話そういうことだ。水害なら高いところに居た方が生存率があがりそうなのは簡単に予想できる。それに、これは元も子もない話なんだが、大抵のゲームは空中にいれば生き残り続けられる内容であることが多い。この道の先にクリア者の有志で所有するヘリがある。危なくなったらそれで空中に逃げればいい」
「じゃあそこに集まるんですか?」
「うん?……いやいや、今回そこに行くのは俺と君だけだ。なにせ全国という規模に対して、連携を取れる人数が数十人しかいないから、毎回散らばって行動している。役割を分担しなきゃ日が暮れてもクリアなんかできない」
「じゃあ僕たちの役割は?」
「今回はとにかく生き残ることだ」
特に何も返さない僕をちらっと見て、こう続けた。
「不満だよな。決して君を頭数に入れていないわけじゃないんだ。ゲーム開催中は生き残った回数に応じて、身体能力が強化される。だから、クリア回数が少ない者はとにかく生き残ることだけ考えてくれればいい」
「強化ですか?」
「本当のゲームみたいだろ。強化の詳しい話はゲームが始まってからだ。その方が説明がしやすい」
公園前は、駐車場に入る車でちょっとした渋滞になっていた。窓越しに前の車の後部座席に座った子供たちがはしゃいでいるのが見える。
「これは説明とかじゃないんだが、ゲーム中にどんなことが起きても、ゲームがクリアされれば全部なかったことになるから、ゲーム中に何が起こったとしても、何だ……その……あまり気にするな」
随分と歯切れが悪い言い回しだった。前の車が左に曲がっていく。その横を通り過ぎ、天文台へ向かうより急で細く曲がりくねった山道を進む。こちらにはあまり車は来ていないようだ。
天文台に併設された駐車場に車を停め外に出る。大した高さの山じゃないが、それでも空気が澄んでいて気持ちいい。こちらの駐車場にはほとんど車は止まっていない。
「あと10分だな。念のために水を飲むならゲームが始まる前にしろ」
言われて慌てて水筒の水を飲む。前回みたいに脱水症状で苦しむのはごめんだ。
荒垣さんは車を降りると、天文台横の小さめの芝生の広場がある方へ歩いて行った。水筒の水を飲み終わり、僕も荒垣さんの後へついていく。荒垣さんは、広場端の柵から見下ろしていた。僕も横で下を眺める。森に覆われた山肌の途中、開けた場所に先ほどの公園が見える。山の先、平野の方を見れば市街地が見える。その左手に視線を移せば集合場所の矢萩駅がある。そしてその線路の奥、沿うように竜道川が流れている。そしてその向こうは田園地帯がしばらくあり、背景にまた山がある。とても視界が開けている。ここなら何が起きても分かりやすい。
しばらくお互い無言で立っていた。下から強い風が吹き上げてくる。思えば天気も曇りがちで、山の上ということもあり肌寒い。これじゃ脱水症状を心配する必要がなかった。
チャイムが鳴った。
目に見える範囲では何かが起きたようには見えない。
「しばらくは大丈夫そうだ。さっき説明しなかった能力の強化について説明するぞ」
「はい」
「まずは、ここでジャンプしろ」
言われたとおりに飛ぶ。
「もっと本気で。できる限り高く」
少しかがんで思いっきり飛ぶ。荒垣さんがまあまあに高い位置を左手で示す。
「この位置が、君が本気で飛んだ位置だ。今度はこの1.1倍飛んでみろ」
なんで1.1倍という変な数字なのか分からないが、とりあえず言われた通りにしてみる。さっきと同じように、かがんで膝が伸びると同時に地面から足を離す瞬間、かなり違和感を覚えた。まるで身体が軽くなったかのように、すっと上へ飛んでいく。
荒垣さんの方を見ると左手の少し上に右手でまた高い位置を示している。
「これがいま1.1倍飛ぼうと思って飛んだ位置だ。俺は何センチとか見ただけでは言えないから正確には言えないんだが、何も考えず本気で飛んだ位置より1.1倍飛べているはずだ」
「ジャンプ力が強化されるということですか?」
「いや大切なのは、ジャンプの方ではなく1.1倍の方だ。走る速さを1.1倍にしようと思ったら走る速さが1.1倍になる」
「なんでも身体能力が1.1倍になるってことですか?」
「なんでもではない。身体能力に限られるわけでもない。自分に関係する1.1倍にしたいと念じたものが1.1倍になる。身長など念じても1.1倍にならないものもあるし、体重は1.1倍にできる。自分以外の物は強化できない以外に法則性が見つかっているわけはないから、とりあえず開催中にいろんなことを試すといい。説明を加えると、1回クリアするごとに強化できる倍率が1.1倍になっていく。だから2回クリアだと1.21倍、3回クリアだと1.331倍まで強化できる」
「荒垣さんは何倍まで強化できるんですか?」
「俺は41回クリアだから、大体50倍強化できる」
「じゃあめっちゃ高く飛べるってことですか?」
期待の目を荒垣さんに向ける。
「そうだな。この建物上に飛び移ることもできる。ただし高い倍率の行動をすると色々な制御が必要になるから難度も高くなる。例えば高いジャンプをするなら、何も考えないと着地の衝撃で死ぬから、受ける空気抵抗もあげて落下速度を穏やかにするとか、接地の瞬間地面から受ける反動を下げるとかそういう小難しいことを考えなきゃならない。まあ1.1倍なら難しいことを考えなくていいから、どっちにしろ今のうちに色々試すのが一番だ」
そこまで言ってようやく荒垣さんは僕の期待の目に気づく。
「必要になったら使うからそのときにジャンプも見せてやるよ。41回クリアしているとはいえ、一応ちょっとのミスで死ぬこともあるんだ。必要ないときに余計なことはしたくない」
そう真っすぐこちらの目を見て返されてしまい、気まずい。目を逸らして何となく平野の方を眺めたとき明らかな異変が起きているのに気付いた。
街が透明な水の中に沈んでいた。