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それくらいお前がやっとけ!

こんなこと言われたら普通「はぁ?」ってなりますよね。


ですがこの言葉に涙が出るほど嬉しかった頃がありました。

板前になったばかりの見習いの頃です。


当時はまさに字の如く、「見て習う」時代でした。

さすがに殴られ、蹴られということはありませんでしたが、優しく丁寧に教わったという経験はほぼありません。


特に高校を中退して10代でその道に入った先輩などはわりと陰険な人が多かったと思います(笑)


わざと沸いたお湯に箸を付けてそれを僕にピッて飛ばして「熱い?」とかね…

それが油の時もあれば下水掃除の時にわざと押してきたりとかもありました。


(毎度よくも飽きずにおんなじことして笑ってるよなぁと思っていました)

とまぁ、そういう時代だったわけです。


仕事はというと、入ったばかりの見習いはとにかく掃除です。

食材などには触らせてもらえません。

そこからある程度の経験を積むようになるとやっと仕込みの手伝いをさせてもらえるようになります。

ただここでもミスをしてしまうと「何やってんだよ!もうやんなくていい!」となって次からはその仕事はさせてもらえません。

はっきり言って一度や二度ではできるはずもなく、その先輩や親方だって相当な数をこなしてきたからこそできるようになったはずなのに…(笑)


ですが、ここでパワハラだとか、理不尽だとか思っていたらその先の成長はありません。

なぜならその怒鳴られた理由が自分がまだ【食材に対する気持ち】についてわかっていなかったからです。


生半可な気持ちでお客さんの料理を作るな。

お前はまだ食材を扱う心構えがなってない。

そう教えたかったのです。

お前のやっていることは雑用なんかじゃなく、料理の一番最初の段階なんだと。

出だしが悪ければそこからの作業が全て修正作業になってしまう。

そんな物はお客さんにお出しする料理にはならない。

だからもっと責任感と覚悟を持って取り組め。

これが先輩や親方たちが怒鳴る理由です。


今ならわかりますが、当時はこれに気付くまでにずいぶん時間がかかりました。

その段階を経て、日常的に仕込みをさせてもらえるようになるとさらに次の段階に入ります。

仕事の幅を増やす段階です。

野菜の皮むきしかさせてもらえなかったら今度は野菜を切るところ、切りつけという作業にステップアップします。


「できました!」と言っていつもなら確認してもらうのですが、ある日を境に

「切りつけもおまえがやっとけ。」と言われる日が訪れます。


「…えっ?」

「だからそれくらいお前がやっとけ!」

「いいんですか⁉️」


その時は本当に涙が出そうなほど嬉しかったと思います。

だって、初めて自分の技術が認められたわけですから。

「今日からは皮を剥いて切りつけするところまでは全部オレの仕事なんだ!」と、それはそれは張り切りました。

(案の定、一発目でヘタクソ!って怒鳴られるんですけどね…)


そんな感じで板前の仕事とは「今日からはお前が」といった明確な線引きはありません。

突然先輩が休んだりだとか、急によその店から助っ人を頼まれたりとか。

そういったイレギュラーなことがきっかけで「お前がやっとけ」となって、ポジションが上がっていくのです。

だからといって、誰もがそのチャンスを手にすることができるわけではありません。

日頃の仕事ぶり、成長を実はずっと評価されているのです。

時には先輩にかわいがられるための根回しも必要ですし、少ない給料から芋を買ってきては剥きものの練習をしたりとか、地道な努力も含まれます。

そういったものは技術職だからこそ、目に見えてわかってしまうもの。

本人がどれほどの熱意を持って日頃から仕事に取り組んでいるかはちゃんと伝わっているんです。

見習いと言えども肩書きはプロの板前ですから、体調が優れない日や気分の乗らない日も常に一定のクオリティの仕事が求められます。

自ら手を伸ばし仕事を取りにいった者だけが手にすることのできる「お前がやっとけ」という言葉。

見習い時代にはとても深く重いひと言なのです。

本来給料とは仕事の成果に対する報酬であるはずだと思うのです。


毎月決まったお給料をいただけるということは、会社や店が見習いの人間に対して投資をしているということに他なりません。


僕は世代的にもこれまで歩んできた道的にも古臭いタイプの人間なので、どうしても説教臭くなってしまうのですが、最近の若い人たちの仕事に対する姿勢があまりにも合理的すぎてつまらないのと思うです。

就職先を決める上でもまず条件から決めてしまうのではないでしょうか?

休みは?給料は?上司は?保障は?

なんでも調べれば出てくるからついそうしたくなる気持ちもわかります。

ですが、まだあなたたちはなにも結果を残していないんです。

お金を生んでなければ顧客を生み出しているわけでもない。

会社にとってはなにも利益がない存在です。

なのにまずそこから求めるのはどうなんでしょうか?

今の時代自分に実力があればどこからでも声はかかります。

にも関わらず就職試験や面接を受けているということはあなたにはその力がまだないということ。

ですから心のどこかに自分は雇ってもらっている立場なんだということを忘れないでください。


そして、見習いにとって一番の特権は失敗が許されるということです。


だからこそ若い人にはまず飛び込んでから、色々ともがいてほしいと思います。



目に見えた成長や大きな失敗もなくなってきた今だからこそ、僕もかつてのギラギラした気持ちや、認められた時の喜びをいま一度思い出して料理と向き合っていきたいと思います。


いつかまたあの時の先輩の言葉を聞きたいですね。



「それくらいお前がやっとけ!」






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高橋 優介@越後妻有の料理人タカハシ
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