探し物と約束(その3)
今回は、今朝書いた短編小説『探し物と約束』のその3です。この前行ったキャンプ場での景色を思い出しながら書いたフィクションです。
良ければ一読ください。
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カレンダーに予定を書き込む習慣がなくなってからどのくらい経つかわからない。
二十歳になる前は、ほとんどない予定を精一杯カレンダーに書き込んでいた気がする。
朝起きて、今日の予定をカレンダーに書き込もうと思った。
「今更過ぎない?」と彼女は言った。
楽しみにしていたキャンプ当日。
せっかくだし、いつもとは違た朝を迎えたいと思った。
「今日は特別だよ。
記念日みたいなもんじゃないか」と僕は言った。
彼女は少し笑ってから、
「記念日をカレンダーに書きこんだことあるの?」と聞いた。
「ないね」
「じゃあ、今回はただの気まぐれね」
「そうでもないさ。
本当に僕らの記念日だと思うんだ」と僕は言った。
キャンプ場は電車とバスを乗り継いで、3時間の三重の山の中にあった。
車で行けば、2時間とちょっとだったが、レンタカーを取り忘れたのだ。
都心からキャンプ場までの道は思った以上に混んでいた。
電車とバスに乗っている間に何度も渋滞を見かけた。
あるいは僕らの『選択』は正しかったのかもしれない。
僕にはそう思えた。
実際、車で来ていれば、あの渋滞に巻き込まれていたし、極度の緊張を強いられていただろう。
車なら車内で同時に小腹が空いても食べさし合いっこはできない。
もちろん、そんなことは田舎のローカル線の電車内出しかできない芸当だが。
僕らは久しぶりの大自然に気分が踊った。
「花火を買おう」と僕は言った。
「いいね。
地元のスーパーなら売ってるかな」とヒデトは言った。
「途中でバスを降りて買いに行きましょう」とイマルは言った。
彼女は少しバス酔いをしたようで、さっきから窓に頭を押し付けて仮眠をとっていた。
ヒデトとイマルは小学校の同級生だった。
週末にキャンプに行こうと誘ってみたら、一緒に行きたいと言うので連れてきた。
小学校の同級生を紹介したい、と彼女に言ったときはとても喜んでくれた。
「夜は怖い話をしながらBBQだな」とヒデトは言った。
「置き引き注意だって。
見てあの看板、なんか怖くない?」とイマルは言って、道路沿いの看板を指した。
その看板は確かに人を不安にする配色だった。
黄色い地に、赤の文字で『荷物、置き引き注意!』と書かれている横に、目が異様に大きい子供のイラストが添えられていた。
「気持ち悪い」と彼女は言った。
「大丈夫?
水を飲みましょう」とイマルは言って、自分の鞄から水筒を取り出した。
「体調が悪いなら、一度キャンプ場に落ち着こうか」とヒデトは言った。
「あの看板で僕も気持ち悪くなった。
キャンプ場に一度行くのがいいと思う」と僕は言った。
イマルとヒデトは怪訝そうな顔で僕を見た。
「さっきまで、元気だったのに。
バスに乗った途端、急に...」とイマルは心配した。
「バス酔いだよ。
大丈夫さ。
もう20分も経てばキャンプ場に着くよ」と僕は言った。
「大丈夫」と彼女も言った。
キャンプ場に着いたのは12時を少し回った頃だった。
昼間のキャンプ場は一般開放されており、テニスやゲートボールをする地元住民がちらほら見えた。
僕らはキャンプ場の説明を管理人から聞いた後、テントを立てた。
彼女は少し休憩する、と言ってから切り株に座った。
座りながら僕ら3人がテントを立てるのを眺めていた。
テントを立て終わると、僕らは誰が買い出しに行くかを話し合った。
結果、僕と彼女はテントに残って、二人が買い出しに行ってくれることになった。
「調子はどう?」と僕は聞いた。
「だいぶマシになったわ。
ありがとう」
彼女はまだ少しぐったりとしていた。
「水を飲んでおきなよ。
これからみんなでカレーを作るんだ。
キャンプでカレーはありきたりだけど、ハズレはない」と僕は自信をもって言った。
彼女は今日の移動は疲れた、と小さく言って、僕の肩に頭を乗せた。
その日初めて彼女の体温を感じた。
彼女の体温は、いつもより熱かった。
「大丈夫?
体が熱いな」と僕は言った。
「大丈夫よ。
ちょっと水をちょうだい」
彼女はそう言って、僕の首に手をやった。
辺りは少しずつ暗くなっていった。
午後5過ぎてようやくキャンプ場にいた地元の人たちが帰り始めた。
気づけば、ヒデトとイマルが買い出しに行ってから1時間が経っていた。
キャンプ場にひと気がなくなり、本来の静けさが返ってきた。
「怖い話は好き?」と僕は彼女に聞いた。
「いやよ。
怖い話なんて嫌い」と彼女は即答した。
それが当たり前の反応なのかもしれない。
誰が好んで、こんな静かな場所で、怖い話なんて聞きたいんだろう。
虫の声や、木の葉の重なり合う音を二人で聴いていた。
「後で、花火がしたい」と彼女が言った。
「そうしよう」
「まだ二人は帰ってこないの?」
「帰ってくるよ。
最寄りのスーパーまで歩いて30分かかるんだ」と僕は言った。
「じゃあ、まだ時間があるのね」と彼女は言った。
時間はそんなに気にならなかった。
ただ、そこかしこで聞こえる音が耳には痛いほど響いてきた。
その中のひと際大きな音の出どころを僕たちは探していた。
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