豪のアイツ、SNS使えなくなるってよ。【豪16歳未満SNS禁止】
オーストラリアの16歳未満の子供は、
今後SNSが利用できなくなるらしい。
年齢が(余裕で)16歳を上回り、
そもそも日本在住で(豪移住予定もない)、
かつ、SNSを一切利用していない私は、
まったく何の影響も受けない。
完璧なまでに非当事者の私が、
この法律を何故か承服できないのは、
カリギュラ効果によるものか、
はたまた、
中二病寄りの反骨精神によるものか、
それとも
「~するな」と言われたら、
それを強要されていると解釈してしまう
ある特定の年代の国民性の賜物か、
(⇒「押すな」✕4回=押せ)
一体どれだろう。
◼️依存症予備軍、量産?
私はこの法律に大きな懸念を感じる。
SNSを禁止される豪16歳未満の子供が、
SNS依存症予備軍に見えてしまうのだ。
禁止されたことにより、
背徳感がプラスされた行為は、
(本来は持ち得るハズはなかった)
無駄に異様な魅力を帯びる。
その魅力に取り憑かれた者は、
その行為に依存する傾向がある。
ゲーム依存症になる者とは、
ゲームをしたくて堪らなかった幼少期に
ゲームを(過剰に)禁止され、
その欲求不満を制御不能なまでに
募らせた者であろう。
人間は、欲望が適度に満たされなければ、
欲望との健全な距離を保つことができない。
本気で禁止したい行為がある場合、
その実行者を取り巻く環境や、
彼らの根本的な欲望を把握し、
包括的な対処をせねば、その効果はない。
◼️16歳未満の問題?
SNSを介した子供のいじめや性犯罪、
有害な投稿の閲覧を防ぐため、
豪はこの法律を施行するらしいが、
SNSというツールを禁じただけで
これらの問題は解決などしない。
問題自体が存在する限り、
SNS以外の所から必ず表出する。
場合によっては、
最悪度合いがグレードアップして。
子供のいじめや性犯罪を防ぐためには
教育や制度など社会全体を含めた対策が、
有害な投稿の閲覧を防ぐためには
ネットを運用する側からの根本的な対応が
どうしても必要になるのだ。
そして、それらの対応はどれも全て
16歳未満の子供ではなく、
大人が主導する義務を負う問題だ。
にも関わらず、
16歳未満だけに制限をかけ、
責任を負うべき大人側が不動とは、
随分ご立派な姿勢である。
何か問題が発生すれば、
まず弱者が割りを食うのは世の常で、
理不尽を正論にまで昇華できるのは、
強者の特権ではあるが…。
◼️根本的な問題はスルー?
結局、豪のこの対応は、
人間の本能(特に羞恥心と不安)へ
なりふり構わずダイレクトにアプローチする
下品なまでの超商業主義的なやり方に
手っ取り早く(簡易的な)蓋をするだけだ。
毒(資本主義)を喰わば、
皿(SNS)まで。
資本主義(カネ)に白旗を挙げ
その有害性(副作用)には眼をつぶる、
という選択をした。
もしくは、
根本的な問題解決は不可能である、
と判断し苦肉の策を講じた。
豪の16歳未満SNS禁止の法律とは、
私の目にはそう映った。
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ともあれ、
ネット自体が禁止されるわけではないので、
SNSが禁止される豪16歳未満の当事者も、
彼らをターゲットとするSNS事業者も、
おとなしく黙っているとは思えない。
これを機に、
SNSとは異なり、
SNS以上の機能を備えた
SNS以外の【何か】
が誕生するかもしれない。
私は密かにそう思っている。