手も足も出ないときは、(大概)声も出ない。
◼️悲鳴を上げられない
ぎゃあぁああぁぁ!
うおぅおおおおぉ!!
発する言葉は何でもいい。
ひぃいいいいぃ~、ではなく、
口を大きく開いたまま、
大きな声を出したことがあるだろうか。
私は、ない。
絶叫系に乗っても、
叫ぶことはない。
何事にも動じていないわけではないし、
驚いていないわけでもない。
むしろ、事あるごとに、
動揺し、ヒビリまくっている。
私は、心から震えているのに、
声帯はだけは震えないのだ。
◼️声は、出ない
よく晴れた日の午後、
私は河原を歩いていた。
気持ちの良い気候だったので、
日光浴をしていたのだろう。
全長30cm位の、
小さな茶色いヘビが、
超緩いS字を描いて、
私の行く手に横たわっていた。
人の足元も、己の足元も、
あまり見ていない私は、
そのヘビを危うく踏みかけた。
そんな時、おそらく、
一般の方々は叫ぶのだろう。
(ぎゃあぁぁぁ!、とか)
だが、
私は、声など出せず、
ただただ息を飲んだ。
(ひっ…!!、と)
◼️本当にヤバい時
その時、ふと思ったのだが、
本当の恐怖や驚異を感じた瞬間、
生き物は、呼吸(生命維持)を最優先に、
余分な息を吐く(=悲鳴を上げる)
ことなど、出来ないのではないか。
子供だって泣き叫べるうちは、
まだ生命の危機には瀕していない。
何の声も漏らさず、
ぐったりし始めたその時こそ
マジでヤバい状態だ。
◼️声出してこ~!?
不同意性交等罪の成立に、
難色と忌避(主に恐怖)を示す方々とは、
「声が出ない」状況や、
「声を出せない」立場を
体験したことがない、もしくは、
無視することが可能な、強者だ。
沈黙=肯定(承諾)では、ない。
危機的状況であれば、尚更だ。
この当たり前の事実が、
法律により明文化されるまで
〈認識されなかった〉というのは、
異常でさえある。
◼️アウェーでも、黙る
キャッキャ、キャッキャと、
難なくはしゃぐことが出来る方々には、
理解が難しいのかもしれないが、
「声を出す」には、
結構な気力と酸素が必要である。
まず、その場にいる他者に
難なく受け入れてもらえる言葉を
選ばなくてはならない。
(思考により、脳が酸素を欲する)
そして、
呼吸する以上に(発声するための)
余分な酸素を身体から求められる。
また、
味方がいるホームでの発言と、
四面楚歌のアウェーでの発言とでは、
要するものが格段に異なる。
声を出さない(出せない)者とは、
ほぼ常にアウェー状態にいるのだ。
◼️ホームでこそ
心からの絶叫(=悲鳴)を聞くことは、
相手の本音を知る
絶好の機会なのかもしれないが、
悲鳴さえ発しない者も、
確かに存在する。
言葉を発しない者に、
その胸の内を明かしてもらうには、
その場の空気(環境)を
アウェーからホームへと
変えねばならない。
「何を考えているのか分からない」
と貴方が思ったのであれば、
相手が発言しやすい環境を整えた上で、
「何を、どう考えていますか?」
と相手に聞くべきだろう。
聞いた質問に答えてくれるかどうかは、
相手次第ではあるが、
「尋ねる」という優先的選択権は、
間違いなく貴方にある。
「言わなきゃ分からない」とは大概、
相手のホーム状態には無理解で、
優先的選択権を行使する気がない、
強者側の言い分なのである。