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紅葉鳥 #シロクマ文芸部


紅葉鳥とケンちゃん書いて問う。
「なぁ君、これ読めるかい」
「こりゃそのままじゃないのかい、コウヨウチョウだろ」
舐めちゃあいけないね。
「いやいや、確かにそのままだが君、音読みじゃあないんだ。訓読みでモミジドリと読むんだよ」
なるほどこっちは音読みも訓読みも区別がつかねぇ。
「へぇ、そんな鳥聞いたことねぇや。一体どんな鳥かね。やっぱり真っ赤かい」
「それが鳥じゃないんだな」
「鳥じゃない?モミジドリって言ってるじゃあねぇか。鳥じゃなけりゃなんなんだい」
「鹿のことを紅葉鳥と言うんだ」
「ちょっとケンちゃん馬鹿にしやがるなよ。鹿をわざわざ鳥呼ばわりするっつーのはどんな了見だい」
「まぁまぁ、馬鹿だって鹿じゃあないだろう」
「おう、そりゃ確かにそうだ。俺も鹿じゃねぇ…っておいおいケンちゃんやっぱり馬鹿にしてんじゃねぇか」
ケンちゃんめ、馬鹿笑いしてやがら。
「やぁすまんすまん。本題は別なんだ。公園の鹿がうんともすんとも鳴かなくなっちまったそうだ」
「ふうん、鹿がかい。こちとら鹿の鳴き声なんざ印象にねぇけどな」
「あのなぁ君、秋に鳴く雄鹿の声の寂しさから紅葉鳥というくらいなんだぜ」
「ほう、そうかい。その鹿が鳴かないたぁそりゃ困ったね。こっちも是非その鳴き声を聴いてみたいもんだ」
「ちょっと調べてみてくれないかい」
「おうよ、お安い御用だぜ」


そうは言ってみたものの、何から手をつけりゃ良いのか皆目検討がつきゃしない。うん、調べものをするにはやっぱり図書館だぁな。

借りっ放しのチャリンコ飛ばしていざ図書館へと風を切る。

「自転車」
図書館に着き受付に向かうと、こっちの顔を見るなり黒縁眼鏡の兄ちゃんが言った。三文字。わかってらい。
「おう、ちゃんと持って来たって。ところで兄ちゃん紅葉鳥の本は何処だい」
「鹿はあっち」
こっちを見もせず指さした。その先には動物図鑑の棚。紅葉鳥が鹿なの知ってやがらぁ。

シカ(鹿、英語: Deer)は、鯨偶蹄目シカ科 (Cervidae) に属する哺乳類の総称である。ニホンジカ、トナカイ、ヘラジカなどが属しており、約16属36種が世界中の森林などに生息している。

鹿島神宮・春日大社などで神使とされる。
…ほうほう。
ギリシア神話では、月の女神アルテミスの水浴を見たアクタイオーンが鹿に姿を変えられている。
…女神こわっ。

うーむ、こっちが知りたいこた全然載っちゃいねぇ。
「なぁ兄ちゃん、鹿ってのはどうしたら泣くもんかね」
下を向いたままの黒縁眼鏡の兄ちゃんに聞いてみた。
「発情」
言いながらなんだか顔を赤くしてやがら。二文字。秋は発情した雄鹿が鳴く時期だからな、確かにそうかも知れねぇや。

しかしどうしたもんかねぇ。

まぁあれだ、腹が減っちゃぁ鹿も探せねぇ。とりあえず腹ごしらえするか。

商店街の人混みかき分け、いつもの肉屋へとチャリンコ走らせる。

「大将、今日のメンチはちょいと風味が違うねぇ。幾分さっぱりしてて何個でも食えそうだ」
「おぉアンタよくわかったな。知り合いの猟師が鹿獲ったっつって鹿肉くれたからよ、余った部位を合い挽きにして混ぜたんだ。なかなかうめぇだろ」
鹿肉と来た。まさかその猟師のせいで鹿が静まりかえってるんじゃあるめえな。
「大将鹿っつーのはどうしたら鳴くもんかね」と問うと「そりゃ発情すりゃ鳴くぜ。アンタだって同じだろ」言いながら大将ガハハと笑う。こちとら発情したって鳴きゃしないぜ。鳴かしはするけどよ。
「そういやその猟師が言うにゃ、公園から雌鹿が消えちまったらしい」
なるほど雌鹿がいなけりゃ雄鹿だって発情しやない。しかし雌鹿は何処に消えちまったんだ。その猟師のオッサンに聞いてみるか。

土産のコロッケ買って、大将に聞いた猟師んちまでチャリンコを走らせる。ビュンビュン飛ばすこと20分。

そこは町はずれにある広々とした敷地。その庭にはにわとり…じゃなくて、鹿…鹿?たくさんの雌鹿がいやがらぁ。こいつぁ一体全体どういうことなんだ。
「おーい、お前ら公園の雌鹿かい」声をかけてみたが、雌鹿たちはこっちを見やしねぇ。
「アンタ誰だい」
後ろから女の声が聞こえた。振り向くと、おったまげるほどの美人、しかも服が弾けそうなほど豊満で妖艶な女が立っていた。
「すげぇオッパ…いやいや、すげぇいっぱい雌鹿がいるねぇ。こっちは猟師のオッサンに用があるんだがよ」
「あぁ、猟師ってのはたぶんアタシだよ。ここもアタシんちだからね」
肉屋の大将、女だなんて全く言いやがらなかったじゃねぇか。しかもこんなにお色気ムンムンだなんて、こっちが発情しちまうぞ。
「そうかいそうかい、アンタが猟師かい。ちょっと思ったのと違っておでれぇた。固定観念はよくないね」
「そういうこと。まぁ猟師仲間以外は大体驚くよ。ほとんど女はいないからさ、仕方のないことね」
サバサバとして良い女だねぇ。
「なぁ、公園から雌鹿がいなくなっちまって、雄鹿が鳴かないんだそうだ。アンタ、この雌鹿たちは…」
「そうだよ、思ってる通りこの子たちは公園の雌鹿だよ」
「おう、それなら話が早いね。是非とも公園に返してやってくれないか」
「そういうわけにはいかないね。この子たちは自分の意思で公園を出たんだから」
「自分の意思、鹿がかい?そいつぁどういうこった。こっちにゃわからねぇよ」
「なんでも一夫多妻とか男尊女卑に嫌気がさしちまったらしくてさ、雄鹿たちを困らせたいんだって。気持ちはわかるからね」
なんだか複雑な話だね。ってこの人も雌鹿の言葉がわかるのかよ。
「そしたらアレかい、雄鹿たちに説教してやったら良いのかい」こっちがそう言うと、女は雌鹿に話しかけ「うん」と頷いた。

しかしこちとら鹿語はわからねぇ。途方に暮れかけたが、良案思いつきチャリンコを飛ばす。

「よう兄ちゃん、ちょっと来てくれよ」
辿り着いたは図書館だ。黒縁眼鏡の兄ちゃん、前に猫と話してたからな、鹿だってきっと同じだろう。
「仕事中」
こっちを見ずに返事。三文字。
「そういうなって、かくかくしかじかな理由があるんでい」理由を伝えると、少し考えて「待って」と言って代わりの受付を連れて来た。それから「鹿の為」と眼光鋭くこっち見て言った。三文字×2。

黒縁眼鏡の兄ちゃん後ろに乗せて、公園までチャリンコ全力で疾走だ。

兄ちゃん公園に着くなり雄鹿のところへ。ピューッと口笛鳴らすと鹿が寄り集まって来た。こっちはもう唖然とするしかねぇよ。何者なんだよこの兄ちゃんは。
「男女が愛し合うって言うのはね、互いに理解を深めることなのだと、かのオードリー・ヘップバーンも…」
真剣な眼差しで鹿に話す黒縁眼鏡、そしてそれに頷く雄鹿たち。なんなんだこの光景はよ、こっちは完全に置き去りじゃねぇか。
「話した」
兄ちゃん颯爽とチャリンコに跨りこっちを後ろに乗せて走り出す。三文字。
「どっち?」
…、道もわからずに走り始めたのかい。

しばらく走ると猟師の女の家に着いた。雌鹿の群れを見つけるなり、兄ちゃん駆け足で雌鹿たちのところへ。
「他人の過ちが気に障る時は、即座に自らを反省し、自分も同じような過ちを犯していないか考えてみると良いと皇帝マルクスは…」
雌鹿たち諭すように話す黒縁眼鏡の兄ちゃんと、その話に頷く雌鹿たち。
「あの子、素敵だね…」
猟師の女も惚れちまったようで目ぇキラキラさせてやがら。こりゃまいったね。
「話した」
兄ちゃん用は済んだとばかりに、こっちを残してチャリンコで走り去った。三文字。雌鹿も女も走り去る皆兄ちゃんをジッと見届けている。不可思議、不可思議。

兄ちゃんの姿が見えなくなると、雌鹿たちが公園に向かって歩き始めた。帰るってことなんだろう。

雌鹿たちが公園に着くと、間もなく雄鹿の声が一斉に公園の外まで鳴り響いた。その鳴き声は“紅葉鳥”と呼ばれるに相応しい、美しくさと寂しさが同居するものだった。

「なるほど紅葉鳥たぁよく言ったもんだ」

独りつぶやきながら、赤く色付いた木々の下をとぼとぼ歩いて帰るのだった。

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