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幸せな誕生日 #シロクマ文芸部
「誕生日を迎える度に思ってたんです。いいかげん、誕生日をサッと躱して、加齢を避けられないかって」
目の前の女が言った。名前は玲子と名乗った。
「なるほど、それで実際試してみたら本当に躱せちまって困ってるって訳かい」
「はい」
はい、じゃねぇよ。誕生日を躱しちまうなんざ、狂気の沙汰だぜ。
「今年で四十になるはずだったんですけど、四十になるのが嫌で仕方がなくて」
嫌で仕方がないから避けられるってもんじゃねぇんだけどな。
「役所でしなきゃいけない手続きがあって、年齢を書こうとしたんですが、どうしても四十が書けないんです」
「はぁ」
「窓口の方に説明して調べて頂いたら、『あなたは四十になれなかったようです』って言われてしまって」
「はぁ」
「生年月日は間違ってないけど、やっぱり四十にはなれていないって…」
「…。」
もう一から十まで何を言ってんだかわかりゃしない。ちんぷんかんぷんってのはこういうこったな。
「それでこっちに、ちゃんと四十になりてぇって相談してるってことかい」
「はい」
ケンちゃんから頼まれちまったからな。しようがねぇや。
「まぁ話はなんとなくわかったよ。ちょっと考えてみるから時間くれい」
話はわかったと言ってはみたが、何すりゃ解決出来るんだか皆目検討がつきゃしない。とは言え頼みを断るなんざ、こっちの流儀に反すらぁ。
とりあえず糸口探すにゃ図書館が一番だろう、トボトボと歩いて図書館へ向かった。
「よぉ兄ちゃん、誕生日の本は何処だい」
受付の黒縁眼鏡の兄ちゃんに尋ねる。
「誕生日…」
「おうそうでぃ、誕生日の本探してんだ」
「…誕生日」
計六文字。どうやら困らせちまったらしい。
「あっち」
しばらく考えた後、こっちを見ることなく指差した。三文字。
兄ちゃんが指差した棚に行くと、置かれていたのは「誕生日占い」だった。要するに、誕生日に関する本なんつうのは、そうありゃしないってこったな。
しかし読んでみるとなかなか楽しいもんで、当たってたり当たってなかったりする占いを読みながら、子どもの頃の誕生日を思い出したりした。
「兄ちゃんよ、歳を重ねずに躱すなんて出来ると思うかい」
黒縁眼鏡の兄ちゃんにも聞いてみた。
「歳…」こっちを見ずに呟いたと思った刹那、「数字なんて人間の作った概念だからに」今度は眼光鋭くこっちを見て言った。「に」が気にはなるが、まぁ無くは無いってことか。
しかし考えごとしてたらなんだか腹が減って来たな。腹が減っちゃ誕生日も探せやしねぇや。
そんなわけで、商店街を歩いていつもの肉屋へ。
「よぉ大将、今日はメンチとクリームコロッケをくれよ」
「お目が高いねアンタ、ウチのクリームコロッケは絶品だぜ」
うんうん、大将が言うだけあって、とろりとしたクリームがたまらないねぇ。
「ところで大将、誕生日を躱しちまうなんてこた、あると思うかい」
「まぁ四十年も五十年も生きてりゃよ、一年ぐらい躱しちまっても不思議じゃねぇよな」
「そういうもんかね」
「そういうもんだろ。まぁでもよ、誕生日が嬉しいもんだって思ったら躱そうなんて思いやしねぇだろうけどな」
「なるほどねぇ」
確かにそうかも知れねぇな。
思うところあって、玲子さんに電話をかける。
「玲子さんよぉ、アンタ誕生日の思い出って何かあるかい」
「いえ、アタシ小さい頃に両親を亡くしていて、祖父母に育ててもらったんですけど、祖父母もアタシが二十歳になる前に…」
「そうかい、そいつぁちょっと早過ぎるぜ」
こっちの心が痛んでくるよ。
「なので、誕生日らしい誕生日ってあまり記憶に無くて」
「よっしゃわかった。玲子さん、そいじゃ今晩8時によ…」
その後はあちこち走り回った。自転車が無いから文字通り走り回った。
そして夜8時、待ち合わせ場所はスナックさくらだ。
「玲子さんよ、ドア開けてみな」
「は…、はい。アタシ、こういうお店、初めてで…」
「まぁ良いからさ、開けてみなって」
そうして恐る恐る玲子さんがドアを開ける。と、同時にクラッカーが鳴り響いた。
「玲子さん、お誕生日おめでとー」
店内に、一斉に声が轟く。
そこにはケンちゃんと玲子さんの友人、肉屋の大将に黒縁眼鏡の兄ちゃん、それに春泥棒のミヨちゃんとそのばあちゃんもいる。とりあえずこっちの知ってる人間かき集めたんでぃ。
「え…、あ、ありがとうございます。これ、アタシのためにですか」
「そりゃあ他にいねぇだろう。主役はアンタだよ、まぁ座わんな」
玲子さんが一等良い席に座ると、店内の照明が落ち、真っ暗闇に。
「はっぴばぁすでーとぅーゆ〜、はっぴばぁすでーとぅーゆ〜」
アキちゃんの澄んだ歌声と共に、玲子さんの友人が誕生日ケーキを運んで来た。暗闇に光る蝋燭の灯りは、やっぱり特別感があるねぇ。
「はっぴばぁすでーでぃあ玲子さ〜ん、はっぴばぁすでぃとぅ〜ゆ〜」
最後はみんなで大合唱だ。
そして照明が点くと、玲子さんはもう涙が止まらなくなっていた。
「こんなのアタシ初めてで、なんてお礼を言ったら良いのかわからないです」
「礼なんかいらねぇよ。アンタがそんだけ喜んでくれりゃ、それがこっちの報酬でぃ」
「本当にありがとうございます」
テーブルにはアキちゃんの作った手料理と、肉屋からの差し入れの肉料理や揚げ物が並んでいる。店の中もアキちゃんに頼み込んで突貫工事で飾り付けてやった。美味いもん食って酒飲んで、楽しくしゃべれりゃこんだけ幸せなこたぁねぇぜ。ケンちゃんと友人からはプレゼントも貰ったしよ。
「なぁ玲子さん、誕生日ってのは楽しいもんだろう」
「はい」
「もう誕生日を躱したいなんざ、考えちゃいけねぇぞ」
「はい。こんなに嬉しくて楽しくて、アタシもう、絶対考えません」
「おう、それがいいや」
玲子さんは最初から最後まで、驚いたり喜んだり感動したりでずうっと泣いてたけど、まぁこっちの出来ることはやり尽くしたぜ。
それから数日後。玲子さんから手紙が届いた。
『先日は本当にありがとうございました。忘れられない思い出になりました。ところで昨日役所に行ってみたら、ちゃんと四十って書けて、窓口でも四十歳になってますって言われて。何から何まで、この御恩は一生忘れません。重ね重ねありがとうございました』
四十歳になってますってのはなんだかなぁって感じだが、まぁどうやら一件落着ってこったろ。
こっちもよ、あんな幸せな空間一緒に過ごせて良かったぜ。バレねぇように、こっそり泣いちまった。