旅人VS北風と太陽 #シロクマ文芸部
北風と太陽の小競り合いに巻き込まれた俺は、あまりの暑さに川に飛び込んだ。
しかし、幼少期に海で溺れかけた経験から泳ぎが苦手だった俺は、そのまま川に流され、生死の境を彷徨ったんだ。
不幸中の幸いだった。流されている途中、伸びていた木の枝を必死の思いでつかみ、奇跡的に一命を取り留めた。
あの日以来、俺は誓ったんだ。アイツらに復讐することを。
それから10年間、死に物狂いで心身を鍛え上げた。凍てつくような冷たい風にも、全てを焼き尽くすような暑い日差しにも屈しない、そんな体を求め、時には全裸で氷河に立ち向かい、時には砂漠をサウナスーツで走り抜いた。
数々の修羅場を乗り越え、俺はついに最強の体を手に入れた。そしてその体を引っ提げ、北風と太陽の待つ決戦の地に辿り着いた。
「フッ、よく来たな旅人よ」
北風が言った。
「またあの日のように屈辱を味わいに来たのか」
太陽が言った。
「おいお前ら、俺をあの日と同じだと思ったら大間違いだぞ」
俺は大見得を切ってやった。
いざ、勝負の時。
あの日と同じように、北風は猛烈な強風と凍てつく風を、立て続けに繰り出して来た。しかしそもそも、あの日も北風には負けていない。俺はコートを死守し、北風を一蹴した。
「オラッ、太陽出て来いやぁ」
倒すべき敵は、太陽だ。
「ホォッホォッホォッ、北風よ、情けないのう。だがな旅人よ、貴様がごときが調子に乗るんじゃない。ワシが焼き尽くしてしんぜよう」
太陽は少しずつ熱量を上げ、全力で俺のコートを剥ぎに来た。周囲の気温は既に40℃を超えていた。だが俺も鍛えてきたのだ、そう簡単に屈することはできない。
「この程度で負けてられるかぁっ」
「ホォッホォッホォッ、なるほどやるじゃないか。それではワシも本気を出すとするかな」
太陽はそう言うと、さっきまでのオレンジ色からどんどん赤みを増し、遂には真っ赤に燃えた太陽になった。
「ブロロロロォッ、行くぞ旅人よ。くらえっ!必殺マキシマム・フレア!!」
一気に熱量が増し、コートが燃えそうなほどだ。いくら鍛えたとは言え、このままではさすがに耐えられそうにない。
「ブロロロロォッ、さぁ、どうする旅人よ。このままじゃ燃え尽きてしまうぞ」
太陽が勝ちを確信したかのように言った。
「負けてたまるかぁっ!究極奥義アルティメット・ヴォルカニック・カッター!!」
コートのボタンをはずし、裾を広げ、体をスピンさせながら太陽の熱を押し返す。
「ウォォォォッ!!」
全身全霊、俺は持てる力の全てをこの技に賭けた。
「グァッ…、グァァァァッ!!」
太陽の色が、少しずつ元のオレンジに戻って行く。
「ホォッホォッホォッ」
すっかり元に戻った太陽が笑っている。
「なんだ、負け惜しみか」
俺は言った。
「ホォッ、負け惜しみなど言わんよ。貴様の勝ちだ、強くなりおったな」
太陽は素直に負けを認めた。
「あぁ、まるで別人のようだわい」
戦況を見つめていた北風が言った。
「ワシらの負けだ」
北風と太陽が声を揃えて言った。
「太陽よ、一つ言わせろ」俺が言うと、太陽は黙って頷いた。
「そもそもなぁ」
「そもそも、なんだ?」
「寒ければコートを着る、暑ければ脱ぐ、そんなの当たり前のことだろう。だからな、太陽が北風に勝つなんて、わかりきってたことなんだ。始めからお前の土俵で戦っていたんだから、北風はな、決して負けてなんかいないんだ。わかったか」
「ぐ、ぐぬぅ。確かに貴様の言うとおりかも知れん。北風が言い出したこととは言え、ワシが勝って当然だったのだろう。北風よ、すまんかったな」
太陽は顔を歪めながらも、素直に北風に侘びた。
「いや、元より勝負を申し入れたのはワタシの方だ。いつも民を明るく照らすお主が、ワタシは羨ましかった。嫉妬だよ。無謀な勝負を持ちかけ、全力で戦い、その上で負けたのだ。謝られる理由など有りはしないよ」
北風の差し出した手を、太陽が握り返す。
「ありがとうな、北風よ。そして旅人よ」
太陽が言った。
「あぁ、俺もアンタたちのおかげで強くなれたんだ。こちらこそ、どうもありがとう」
俺は礼を言った。そこに嘘はない。
そして激闘を終えた俺たちは、清々しい気持ちでそれぞれ帰路に就いたのだった。
おしまい