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マリリンと僕34 〜目覚めの時間〜

『恋する教室』 第5話あらすじ
月野と三原のLINEを見てしまった絵莉は、月野を問い詰める。月野は相談されただけだと言うが、三原の言葉から感じる月野への好意は絵莉を疑心暗鬼にさせた。口論はやがて別れ話に発展。露も知らない三原は、月野へ想いを募らせる。

「いや、マジ困惑しかないんだが」
桜井が言った。マリリンが出演する(と言っても僕はエキストラ程度のつもりだったのだ)ことにより、脚本の直しをプロデューサーから依頼されたのだ。
「元の話にどう組みこみゃ良いんだかわからないよ」
「ごめん、俺が迂闊だった」
今回ばかりは本当に申し訳なく思った。
「まーねぇ、お前がここまでしてくれって頼んだわけでもないし、城山さんから頼まれたわけでもないし、プロデューサーっつか局の忖度だろ?面白いっちゃ面白いけど、こんな無理難題小山さんからも言われたことないぜ」
小山さんは僕と桜井が所属している劇団の主宰。実力者だが自由過ぎる性格で、無理難題は日常である。
「そうだよな、すまん。何か具体的な指示とかあったのか?」
「いや、具体的にはないよ。とにかく上手いことやってくれ、だそうだ。一番困るやつ。まぁ、楽しんでやるよ。と言っても今日中に書き上げないと、次の撮影に間に合わん。徹夜だな」
そう言って桜井は電話を切った。少しでも楽しもうと思える余地があるのは救いだったが、やはり申し訳ない気持ちが強い。

そんな中でも決まっている分の撮影は続いた。脚本がどうなるかも、マリリンが唐突に物語に入って来ることも、他の出演者は知らない。僕から話すわけにも行かず、ここでも罪悪感を募らせた。何より、主演の二人になんと言えば良いのだろう。

「陽太君、何か悩んでる?元気ない感じするんだけど」
撮影の合間に影山が言った。気づかれないようにしていたつもりだが、表に出てしまっていたようだ。
「あぁ、いや、大丈夫だよ」
我ながら下手くそな嘘だ。
「嘘だぁ、絶対嘘。ねぇ、陽太君、今日撮影の後空いてる?たまにはご飯行かない?」
断る理由も無いから、二人で食事に行くことになった。

その夜、僕と影山は恵比寿にある会員制個室居酒屋にいた。影山がよく来る店らしい。僕はレッドアイを、影山はハイボールを注文した。
「それ、めっちゃウケる。マジ今までの展開台無しじゃないっすか」
隠すわけにも行かず、マリリンのことと、ドラマの脚本や方向性が変わるかも知れないと説明したら、影山は不快に感じるどころか爆笑している。
「僕のせいで、本当に申し訳ない」
笑ってくれてはいるが、それが本心かはわからない。
「いえ、良いんじゃないですか。元々コメディなんだし、マリリンちゃんのキャラクターめっちゃ興味ある。まぁ三原さんがどうかはわからないけど、僕は全然大丈夫ですよ」
「そう言ってくれると安心するよ。僕もどうなるかわからないから、不安と罪悪感しかなくて」
影山は本当に気にしてない様子だし、僕も率直に思っていることを話した。
「確かに不安ですよね、陽太君の立場なら。でも…あー、本当に楽しみだなぁ。なんかその子主人公で良くないですか?途中から出て来た謎の女の子が実は主人公だったとか、前代未聞ですよ」
本当に楽しそうなのは良いんだけど、実際そうなったら影山のファンからのクレームが恐ろしい。間接的に僕が関与していることが明るみになるのを想像したら、怖くて仕方がない。
「それだけは全力で阻止するよ」
本気のトーンで僕は言った。
「まぁ、いずれにせよ僕は大丈夫だから、気にしないで下さいね。元気出して下さい」
「うん、ありがとう」
少しだけ、心が軽くなった。

帰宅すると萱森さんから電話があった。
「ちょっと陽太さん、なんでマネージャーに何も言わずに飲み行ってるんですか。しかも影山さんと」
影山とはお互いマネージャーには言わない約束だった。だから、萱森は知らないはずなんだが。
「えっ、なんで知ってるんですか」
「Twitterで呟かれてますよ。二人がお店出てタクシーに乗り込んだって」
そういう時代か。それにしても、店に入る前じゃなくて良かった。
「すみません、次から連絡入れますね」
「そうして下さい。そんなイケメン飲み会やるなら、仕事投げ出しても参加しますから」
そういうことなの?仕事的なルールじゃなくて?
「罰として、明日ご飯奢って下さい。アタシ明日は名古屋ですけど、夜には戻るんで」
なんの罰だろうか。とは言え、素直にご飯行きたいと言わない辺りの捻くれた感じも、萱森さんらしくて良いなと思ってしまう。
「わかりました。行きたいお店、考えておいて下さい」
「やったー。楽しみにしてますよ」
「はい」
およそ俳優と担当マネージャーの会話とは考えられないし、相変わらず萱森さんの本心が何処にあるのかはわからないが、僕にとってこの罰は、幸せな時間でしかない。 

後は三原さんと絵莉にも言っておかないといけない。一応菅原にも。三原さん、苦手なんだよなぁ。本番以外ほとんどしゃべらないから、マリリンのこと話したらどんな反応されるのか、全く想像がつかない。なんだか本番以上に緊張して、なんだか今から胃が痛い。

引っ越しも控えているし、怒涛のようにいろいろなことに襲われる。フリーター時代には考えられない状況に、狭い部屋の中、ベッドに腰掛けたまま天を仰ぐ。

一人暮らしのアパートのリビングには、ダンボールが積み上がっている。上京してからずっと、専門学生時代も、フリーターで燻っていた日々も、マリリンと出会ってからもこの部屋で過ごして来たが、いよいよ引越しの日が近づいている。

何者でも無かったはずなのに、最近は街中でも声を掛けられる。僕の知らない誰かにとって、僕は知っている存在になっているようだ。

役者になりたいとは思っていたが、僕が望んでいた姿はこれで合っているんだろうか。自分の身の丈に合っているんだろうか。

さすがにマリリンにはこの悩みは相談出来ない。マリリンに話してしまったら、たくさんのことが大きく変化してしまうような気がするのだ。

まずは僕自身の中で、ハッキリ答えを出さなければならないな。

そんなこと考えている内に、僕はそのまま眠りについた。

つづく

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