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僕の青春バンド物語。
そっと肩に手を回し、華奢なその体をそっと抱き寄せる。
黒く艶やかな髪を撫で、うつむいていた君の唇に、唇を重ねる。
始めは優しく、少しずつ激しく。
背中を撫でていた手でブラウスを上げ、隙間から手を滑り込ませる。
柔らかくて繊細な、素肌の感触。
重ねていた唇を、首に。とても細くて、静脈が透けて見えるその首筋に、優しくキスをする。
頬が紅潮し、体に力が入るのを感じる。
声を出すことを恥ずかしがっているのだ。
抱きしめる力を強め、「我慢しなくて良いよ」と耳元で囁く。
そのまま耳や首の辺りに唇を這わせながら、自然な手つきでホックを外す。
慣れたものだ。
手を前に移し、まだ未成熟な両の乳房を、優しく揉む。
漏れ出す吐息は少しずつ激しくなり、僕の耳を、心を刺激する。
ベッドに入り、キスの続き。
短く折った制服のスカートからは、白く、張りのある太腿が除く。
キスをしながら、右手を内腿に這わせ、優しく撫でる。
「カンナ、愛してるよ・・・」
そのまま僕らは、深く、激しく、情熱的に交わる・・・。
そんな妄想を膨らませる、僕の右手は下半身に、そして左手には中学校の卒業アルバム。ちなみにカンナとは、中学時代、学年で一番可愛かった同級生の名前だ。ちゃんと話したことは、3年間、1回も、無い。
高2にもなって中学の卒アル片手に、部屋の前を通る家族の足音を警戒しながらの自慰行為。ネットがあるだろって?それに手を出したら終わりだと抗う、小さな僕の、プライドだよ。
LINEの着信音が鳴った。
アニヲタ仲間のジュンジからだ。
「ごめんなカイト。俺、ついにやったわ」
「やったって、まさか、アレをか!?」
「そうさ。ソレさ」
文章の後に、くす玉が割れる絵文字。
ジュンジには、2年生になってから同じクラスになった、アニヲタの彼女がいるのだ。
「サヨナラ、僕のチェリーパイ」
さくらんぼの絵文字が腹立たしい。パイってなんだ。
「おめでとう」
そうLINEを送りながら、うなだれた。
僕の手元には中学校の卒アル。ズボンはまだ、下げたままだ。
そんな僕にもチャンスが訪れた。
期末試験の最終日、放課後にクラスメイトの男女何人かでカラオケに行くことになり、僕も誘われたのだ。以前に男子だけでカラオケに行ったことがあり、「カワサキ、めっちゃ歌上手かったよ」と幹事役のサカノ君が推薦してくれたらしい。
そう、僕は、歌だけは自信がある。
小さい頃からずっと、歌だけは褒められてきた。逆に言うと、他のことで褒められた記憶は、ほとんどないけど。
普段はアニソンやボカロ系の曲しか歌わない僕だが、その日の為に、何曲か流行りの歌を仕込む。K-POPとか、ジャニーズとか、ダンスヴォーカルグループの曲だ。
当日、試験の方は散々だったけれど、そんなことはどうだって良い。
放課後、男女4名ずつで集まり、学校近くのカラオケBOXに移動した。受け付けはサカノ君が済ませてくれて部屋に入る。大きい部屋が空いてないらしく、8人座るとちょっとキツめの部屋。機種は最新の物だった。
サカノ君の仕切りで男女交互に座ることになった(エライ!)。
僕は、小柄でリスっぽいカミジョウさんと、オシャレに敏感な、ややギャル寄りのセイノさんに挟まれる形になった。
両サイドから漂う2種類の甘い香りに、僕は既に興奮気味。特にセイノさんは、ブラウスを第2ボタンまで開けていて、直で下着だけを着けているから角度によっては胸元が見えるし、光が当たると水色のソレが透けて見えるし、もう童貞の僕にはたまらなかった。
全員分のドリンクが揃うと、早速サカノ君からリクエストが来た。
「カワサキなんか歌ってよ」と言い、マイクとリモコンを渡される。
僕は仕方なさそうなフリをしながら、1曲目なのでアップテンポな、ジャニーズのヒット曲を入れた。
Aメロ、Bメロと歌が進む内に、「うまっ」とか「カワサキってアニソン以外も歌えんだ」とか、いろいろと声が聞こえたが、僕は気づいてないふりをして、歌い続けた。そして、とてもキーの高いサビを歌いこなすと、驚嘆の声と拍手が部屋に響いた。
ワンコーラスで場の空気をつかみ、最後の大サビを歌い終えた時には、いつものアニヲタカワサキを扱う雰囲気ではなくなっていた。
「お前すげーな」
ヤンチャ系のオダ君が言った。話したこと、あったかな。
「な、言ったろ」
サカノ君は、自分の手柄のように言っている。
女子の見る目も、来る前とは明らかに変わっていた。正直、ここまでの反応は予想していなかった。想像するだけの経験値が無かった。
その後も売れ線の曲の合間に、いつものカワサキ感を演出する為に、アニソンを入れて盛り上げた。採点ゲームのコツも知っているから、90点台後半を連発した。そうして時間はあっという間に過ぎた。
ちなみに、皆で盛り上がっている途中途中、セイノさんのブラウスから覗く胸元や、袖から覗く脇、短く折ったスカートからむき出しの健康的な太腿などを、しっかりと目に焼き付けた。カミジョウさんの、アップにしたうなじや、日焼けしたことがなさそうな真っ白の繊細な素肌も、魅力的だった。
とても良い時間だった。
今日1日で何が変わるわけでもないだろうけど、きっかけぐらいになってくれたら良いかな。帰ったら気持ちよくオナろう。と、思っていたら、帰りがけにセイノさんから声を掛けられた。
「カワサキ君、LINE交換しようよ」
マジすか?そんなことある!?
とにかく浮ついた心を必死で抑えながら、「あ、じゃあ」とだけ言って、LINEを交換した。
帰宅し、夕食を終えてアニメを見ていると、LINEの着信音が鳴った。
どうせジュンジだろうと思いながら、スマホの画面を見る。送信先は、なんとセイノさんからだった。
「カワサキ君、明日ヒマ?」
展開が急過ぎて、よだれが垂れた。
「なんでですか?」
とりあえず、平静を装う。
「もう1回歌聴きたいなと思って。ダメ?」
「試験休み中はずっと空いてますよ!」
マイクの絵文字を付けて送り返した。
こうして僕は、セイノさんとカラオケデートの約束をした。つもりだった。
翌日。自分の中での最大限のオシャレをして、先にカラオケボックスの前に到着。スマホで動画を見ながら待っていた。
「カワサキくんっ」
セイノさんの声が聞こえた。
スマホを見ていた目線を少し上げると、そこにはデニムのホットパンツで露わになった太腿と、体にフィットして、たわわな胸が強調された、ノースリーブ姿のセイノさん。・・・と、見知らぬ男性。
「え?」
思わず声に出してしまった。
「あ、ごめん。あたしのダチなの。彼もカワサキ君の歌聴きたいって言うからさぁ。ダメ?」
「ダメ?」
見知らぬ男性が、おどけて被せる。
ダメに決まってるじゃんよぉ。でも、言えるわけない。だって・・・。
身長は180cmぐらいありそうで、肩に掛かるぐらいの金髪ロン毛。前髪も長く、前に垂らしていて表情がわかりづらい。黒のバンドTシャツに、同じく黒のショートパンツ。ごつめのピアスとネックレスに、極めつけは、袖からのぞくタトゥー。終わった。そう思った。もう好きにしてくれ。
「オレ、ナナオ タクヤです。よろしくね」
あ、ん?思いの外、感じの良い挨拶。終わってないかも。
「バンドやっててさ、マキからカワサキ君の歌がめっちゃ上手いって言うから聴きたくて。勝手に来ちゃってごめんね」
あ、めっちゃ良い人かも。
とてもホットして、ガッカリ感はどこかへ消えた。
そのままカラオケに入った。
昨日と同じように、流行の歌にアニソンを交えながら、全力で熱唱した。
もっとセイノさんを見たかったが、そんな余裕は無かった。
「本当に上手いね。声も良いし、正直ビビったよ」
ナナオ君が絶賛してくれた。
「でしょ!すごくない?声、ハスキーがかってるのに、澄んでるの」
セイノさんも、また褒めてくれた。
とりあえず喜んで良いのかな。
なんか微妙な気分だけど。スッキリしないけど。
「あのさぁ」
ナナオ君が話し始める。
「ウチのバンド、ヴォーカル抜けちゃって探してるんだけど、良かったらカワサキ君、1回歌ってみてくれないかな」
昨日から急展開が過ぎるよ。意味がわからない。
もう、流れに身を任せることにしよう。
「あ、はい。僕で良ければ」
こうして何故か、一か月後には正式にバンドのヴォーカルを務めることになっていた。
ナナオ君は音楽の専門学校生で、ギターと、PCで作曲も担当。なんとベースはセイノさんだった。水色のジャズベースが似合っている。作詞もする。ドラムはナナオ君の同級生、ナラ君。ヤンチャなプーさんみたいな見た目。
カバーとオリジナルを半々でやっていて、演奏は僕が聴く限りでは、プロと遜色無いように感じた。
どうせやるからにはと、僕も僕なりに、ネットの情報や専門家の動画配信を参考にしながら、ボイストレーニングに励んだ。
セイノさんには彼氏がいた。
そりゃ当たり前だよな。可愛くてエロくて、モテるに決まっている。
でも、少し前の僕なら、「住んでる世界が違うんだ」とか言いながら、エロい目で見てソロプレイのエナジーに変えていたけれど、今は違う。同じ世界で、同じバンドのメンバーなのだ。
そんな自信が、少しだけ持てるようになっていた。
10月の学園祭。
初日は自校の生徒のみ、2日目は他校の生徒も入れる。
交渉の結果、特別に学校の許可を得て、僕らのバンドは体育館の出し物の一つとして、2日目のみ演奏させてもらえることになった。
練習はしっかりやったけど、ステージに立つのは初めてで、時間が近づくにつれて逃げたい気持ちが強くなって行く。そもそも僕はなんでこんな事になっているのだろう。ほんの数か月前までただのアニヲタだったはずなのに、どうしてバンドなんて、しかもヴォーカルなんて。手に入れたはずの小さな自信は、何処かに吹き飛んで、消えてしまいそうだった。
「カワサキ君、自信を持ちたまえ!君の歌は素晴らしいんだから」
そう声を掛けてくれたのはナラ君だった。その後ろで、セイノさんとナナオ君が笑顔で頷いている。だけど僕は、なんだか悲しい気持ちになった。なんで僕だけこんなに不安なのだろう。みんなからは、自信を感じるのに。
「頑張ろう」
そう言って差し出したナナオ君の手は、ひどく汗だくだった。
「俺も超緊張してるよ。でもね、この緊張が後で感動に変わるんだ」
僕は初めてのライブで、ナナオ君の言っていることはわからない。だけど、その言葉が嘘じゃないことぐらい、わかる。
司会の3年生の紹介で、僕らのバンドが呼ばれる。
“The cynical creatures”
暗転の中、スポットライトが僕に当たると、体育館の一部が軽くどよめいた。僕がバンドのヴォーカルをやっていることは、誰も知らない。
体育館に1曲目のイントロが鳴り響くと、そのどよめきの質が変わり、より大きくなる。演奏のレベルの高さに驚いているのだ。そして、僕が歌い始めた時、そのどよめきはさらに大きなものになっていく。
疾走感のある曲を、2曲立て続けに鳴らす。会場の盛り上がりを5感全てで感じる。ナナオ君の言葉の意味が少しずつわかってきた。
人気バンドのカバー曲で、会場の盛り上がりはピークになった。やはりヒット曲の持つパワーは凄い。その後は唯一のバラード。会場が静まり、聴くことに集中してくれているのが、ステージの上からよくわかる。
人生って、きっかけ一つで一瞬で変わってしまうのかも知れない。
たかだか学園祭のステージだけど、それでも僕に、こんな瞬間が訪れるなんて、想像もしなかった。何か特別な努力をしたわけじゃない。たったひとつの出会いが、僕を大きく変えてくれたのだ。
最後にオリジナル曲を演奏した。
とても楽しくて、最高な時間で、本当に終わってしまうのが名残惜しかった。ずっとこのまま、この場所にいたいと、心底思った。
演奏が終わると、大きな拍手に包まれた。
僕は、達成感と安堵の気持ちで、その場に立ち尽くしていた。
少し間を置いて、聞こえて来たのはアンコールの声。考えていなかった。でも、お構いなしに、その声は大きくなり、会場に鳴り響いている。
アンコール用の曲は用意していなかった。全て出し切っていた。
どうしようと思ってナナオ君の方を見ると、ニコニコしながら、聴き覚えのあるイントロを弾き始めた。初めてセイノさんとナナオ君とカラオケに行った時に歌った、国民的人気のアニメソングだ。
ナナオ君のギターにセイノさんとナラ君が、演奏を合わせ始める。
僕は、全身全霊を込めて歌った。
誰もが知るアニメソングに、会場は笑顔で手を突き上げ、そして一緒に歌ってくれている。
最高に盛り上がり、今度こそ終了した。
「ありがとうございましたー!」
思わず叫んでいた。ほとんど無意識だった。
拍手と歓声の中で、幕が閉じた。
学園祭終了後、バンドのメンバーとクラスメート何人かで打ち上げをやった。一生分ぐらい褒め称えられ、急に友達が増えた気がした。
家に帰り、部屋に戻って余韻に浸るべく、ベッドに寝転ぶ。
スマホを見ると、2件のLINE着信を知らせるポップアップ。
1件はジュンジから。
「フラれちゃいましたー。へへ。」
文章の後には泣き顔のスタンプ。
「なんで?」
返信を送ると、またすぐに返ってきた。
「だってヤルことしか考えてないじゃん、だって。まぁ事実だけどさw」
たぶん笑ってない。
「そっか。明日会おうぜ。話聞くよ」
ジュンジは僕がバンドをやっていることを知らない。
学園祭には誘ってないから、今日のことも、知らない。
しばらく黙っておくことにしよう。そう決めた。
もう1件は、さっきファミレスでLINE交換をしたカミジョウさんだ。
「ライブ、とっても良かったです。また一緒にカラオケ行きたいな」
文章の後には、彼女の好きなアニメキャラが歌っているスタンプ。カミジョウさんも実は結構なアニヲタなことが、今日の打ち上げで判明。バンド系のアニメやゲームも好きなのだが、周りには秘密にしていたのだと話してくれた。だから、LINE交換も自然にできた。
小柄でリス似。派手さは無いけど、よく見ると可愛らしくて、アニメ声なのも良い。そして、スタイルも良い。もう、ドンピシャなのだ。
「2人じゃダメ?他の人がいると、アニメの話とかガッツリしづらいし」
今日の勢いに任せて、濁しつつも、デートに誘ってみた。
「そうだね。私もその方が気が楽かも」
文章だけのシンプルな返信が、彼女の性格を表していて、また嬉しい。
バンドも恋も始まったばかりだし、これからどうなるかはわからない。
だけど、この幸せな時間を僕に与えてくれたのが、自分の声であることはわかっている。僕の青春は、きっと歌と共にあるのだと思う。
次はクリスマスライブの準備だ。
「人生で最高のクリスマスにする」
僕はそう心に誓った。
完
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すみません、気が付いたら6000字。短編になってしまいました。次は短くします。