
会員制の粉雪 #毎週ショートショートnote
凍てつくような冷たい風。
雨は霙に変わり始めた。
カランコロンとカウベルの音が鳴り、入口のドアが開く。客は若い女だった。
「すみません、ウチは会員制なんですよ」
初老の店主が言った。
麻布の片隅にひっそりと存在する会員制のBAR。元はエリート官僚だったが、暗澹たる環境に疲れ、退職した。忙しさを理由に家庭は疎かにしたせいで、妻は娘を連れて家を出た。
それから10年が経つ。
学生時代の経験と知人の協力でBARを始めた。より落ち着いた環境を求め、場所を変えて会員制にした。過去の繋がりから富裕層の客も多く、店も自身も順調だった。
女は黙って一枚のメモを差し出した。
店主はそれを見て「奥の席へ」と案内をした。
店主はいつも通りに常連客の相手をし、女は白ワインベースのカクテルとオリーブをオーダーし、店主の姿を見ていた。
カクテルの名は「粉雪」、
一人娘の名を文字って名付けたオリジナルだ。
会計を拒む店主に「また来て良い?」と女は尋ね、店主は笑顔で頷いた。
店を出ると景色はすっかり白く染まっていた。