お返し断捨離 #毎週ショートショートnote
バイトからの帰り道、見慣れないクリニックを見つけた。
“記憶の断捨離お手伝いします”
入口にはそう書いてあった。
両親は私が幼い頃に父の暴力で離婚した。
母は母で、私を一人にして男と遊ぶような人だった。
高校卒業と共に逃げるように東京に出たけれど、悪夢にうなされら朝は起きれず定職には就けない。病院に行くとPTSDだと言われた。
治療すら面倒で、派遣バイトでギリギリ食い繋ぐ日々に嫌気がさしていた私は、自然とその扉を開けた。
「捨てると言うより整理整頓に近いかも知れません。不要な記憶は押し入れにしまって、必要な記憶を手前に持って来るの」
優しい笑顔と声色が印象的な、初老の女性院長が説明してくれた。
首周りから頭の辺りを揉みほぐしながら、ただ話をする。幼少期から今までのことを、思い出せる限り詳細に。時には涙を堪えられなかったが、店主の施術を受けていると、体のコリと共に心のコリもほぐれてゆくようだった。
最後の施術日、院長は「私もアナタと同じだったのよ」と言った。
この記憶を忘れることは、きっとないだろう。