4月1日の未来予想図 #シロクマ文芸部 お題:『始まりは』
「始まりはいつも、終わりがセットなのよ」
妻が言った。
「それはそうかも知れないけど、僕はそれを望んでいない」
妻の気持ちが理解出来ず、僕はそう返した。
テーブルの上には今、離婚届が置かれている。既に妻の署名がされている状態で。
予兆は無かった。いや、僕がわかっていないだけなのかも知れない。結婚してから今に至るまで小さい喧嘩は何度も繰り返してきたし、時には傷付けるような言葉も言っただろう。そういった負の積み重ね。男女の別離というのはいつだってそういうものだ。
「出会った頃は こんな日が 来るとは思わずにいた」杏里の歌声が頭の中でリフレインする。
今年7歳になる一人娘は幼稚園を卒業し、もうすぐ小学校の入学式を迎える。
離婚話をしているとは思えない妻の晴れやかな表情を見ていると、娘が新しい始まりを迎えるように、妻も既に新しい出会いが、僕とは違う誰かとの新しい関係が始まっているんじゃないかと感じさせられた。
「もう 終わりだね 君が小さく見える」今度は小田和正か。本当にこのまま終わってしまうのだろうか。
「昨日も3人でお花見を楽しんだばかりじゃないか。それなのにどうして…」
「アナタって本当に鈍感ね」
僕の言葉に妻が呆れた表情で嘆息した。
「ごめん」
よくわからないまま、ただ謝る。
「理由はその裏に書いてあるわよ」
そう言って妻が離婚届を指差した。
『エイプリルフールです。意地悪な冗談でゴメンナサイ。いつもお仕事お疲れ様。忙しいのに家事も手伝ってくれて本当にありがとう。これからも優麻と3人仲良くしようね』
離婚届の裏をめくると妻の字でそう書かれていた。その下には、既に眠りについている娘の優麻がクレヨンで『パパだいすき』と書いてくれていた。
「ごめんね、こんなに真剣に騙されるなんて思わなくて。アナタって本当に鈍感」
「2回も言わなくて良いから。鈍感で悪かったですね」
「だって優麻のクレヨンの字なんて透けて見えてるじゃない。すぐにバレると思ってたのに、途中からなんかすごい悪いことしてる気分だったわ」
「その割には笑顔だったよ」と僕が言うと、「あらそう?」と妻は惚けて言った。
「今日からまたよろしくね」と言った妻に、「どうしようかな」とやり返すのが僕の精一杯の反撃だった。
『きっと何年たっても こうして変わらぬ気持ちで 過ごしてゆけるのね あなたとだから ずっと心に描く未来予想図は ほら思ったとおりに かなえられてく』
僕の頭の中には、吉田美和の歌声が鳴り響いていた。