見出し画像

術後の酸素投与は何のため? -【one-pointシリーズ】-

「術後酸素3L,3時間で」

 よく耳にする言葉ではないでしょうか?全身麻酔で気管挿管をして,手術終了したら抜管して,術後は酸素マスクをつけられて病棟に帰っていく.ありふれた光景ですね.
 この酸素3L/分を通常の酸素マスク(特に古いタイプ)で投与するのには議論があり,私も思うところがあるのですが,今日は「なぜ,全身麻酔後に(ほぼ)ルーチンで酸素投与をするのか?」ということについてお話したいと思います.

全身麻酔後は低酸素血症になりやすい.

 全身麻酔自体や,特に開腹手術や開胸手術が呼吸に与える影響はとても大きく,低酸素血症を来しやすくなります
 術前からの併存合併症,例えば高齢者,高度肥満,呼吸器系疾患などがあればさらにリスクが上がります.

 教科書を開けば,それはそれはたくさんの全身麻酔後の呼吸への影響がかかれています.教科書では細かなものまで網羅されているので,なかなか覚えられないですよね?
 この記事は”one-pointシリーズなので,とりあえず以下のものをまず覚えてください.

①麻酔薬残存による呼吸抑制 → 低換気や上気道閉塞

  • 麻酔薬の残存による呼吸中枢の抑制が生じます.現在主流の鎮静薬はそもそも昔に比べて残存が少ないですが,高齢者や臓器障害,代謝の低下が生じている患者ではリスクがあります.

  • 通常,血中の酸素分圧が低下したり,二酸化炭素分圧が上昇すると,「呼吸しよう!」と体が反応するのですが,麻酔薬はこの両方を抑制してしまいます.麻酔薬が一定以上残っていると呼吸努力が低下して低換気になってしまいます.

  • 鎮静薬の使用により舌根沈下による上気道閉塞が生じやすくなります.特に肥満患者でよくみかけますね.高齢者も麻酔薬の影響が強く出やすいです.上気道の完全閉塞に対しては酸素投与は無効なので,気道確保が必要です.

②手術による疼痛 → 咯痰排出抑制や無気肺形成

  • 特に開腹手術や開胸手術の際に問題になります.この両者は硬膜外麻酔などの適切な鎮痛を行っていないととても疼痛が強く,十分な深呼吸が阻害されてしまいます(浅い呼吸).

  • また,咳をしても痛いので適切な喀痰排出が不十分になり,あまり動けないのも相まって,広範な肺胞虚脱(無気肺)を生じるリスクがあります.

 というわけで,術後は低酸素血症を防止するために酸素投与をされることがほとんどです.


ただし酸素は治療薬ではない

 以上の理由から,術後は低酸素血症を来しやすくなります.ただし,”酸素投与そのものは治療ではない”ということを忘れてはいけませんあくまで対症療法(時間稼ぎ)です
 肺炎を起こして低酸素血症になっているのに,酸素だけ投与してもなかなか治りませんよね?

 病気の治療には”原因療法”と”対症療法”があります.解熱薬や痛み止めなどは典型的な対症療法ですよね.低酸素血症を起こす理由は数多くありますが,酸素投与により体に必要な酸素を供給しながら,その原因を治療する必要があります.


必要ないのに高流量酸素は投与してはいけない

 低酸素がダメなら,その予防のため何リットルでもいいから高用量(たとえば10L/分)でいっとけばいいじゃん,と言えなくもないですが,もちろんNGです.なぜでしょう.酸素毒性はそれほど大きな問題になることはないのでここでは割愛します.

 一番の理由は「みかけ上,酸素飽和度が高く保たれるので,潜在的な低酸素血症がマスクされてしまう」ことです.これが酸素飽和度を100%にするなと言われる理由です.
 大きな無気肺ができていて,放置すれば肺炎になるかもしれない状況や,比較的軽度の肺塞栓などを生じている場合,本来なら目に見えて酸素飽和度が低下するはずです.
 しかし,大量の酸素投与のせいで酸素飽和度が95%以上保たれてしまい,治療の介入が遅れてしまう場合があります.
 逆に言えば,高流量の酸素投与をしないと酸素飽和度が保てない場合は,「何かよくないことが起きている」というサインになります.

  麻酔後の低酸素血症の原因については,時間経過とともに改善するものがほとんどです.麻酔薬は時間が経てば代謝・排泄されていきますし,痛みもさまざまな鎮痛法があります.背側の無気肺も十分に深呼吸したり,体位を調整したりすることで十分に対処可能です.そのため術後は3〜5L/分程度の酸素流量で十分な酸素飽和度が保たれます.
 そのため比較的状態がよい患者さんに長期に酸素投与が必要になることはまれです.それでも酸素飽和度が低下するようであれば,きちんと原因検索をしましょう!


まとめ

  • 術後は麻酔の影響や手術の影響で低酸素血症になりやすい.

  • その原因は時間経過や適切な鎮痛,体位の調整で改善できることがほとんどで,通常は3〜5L/分の酸素投与で十分に酸素飽和度が保たれる.

  • 酸素投与を行っていても酸素飽和度が低下する場合,95%以上を保つために高流量酸素投与が必要な場合は早期に「原因検索」を行う.


いいなと思ったら応援しよう!