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📘【想定問題】 症例:緊急帝王切開
🔻 サンプルのため,全文公開しております.
📝 規約等(必読)
【症例提示】
34歳の女性(G2P1).身長158cm,体重65kg(BMI 26).
前回の妊娠時は胎位異常により32週で緊急帝王切開の既往あり.今回,妊娠36週で全前置胎盤と診断されており,MRI所見では前回の子宮瘢痕部に胎盤の部分的付着が疑われる.
2日前から軽度の不正出血を認め入院管理となっていたが,本日,急激な大量出血(約700mL)を認め,緊急帝王切開の依頼があった(こういうの,緊急でやるのストレス・・😓).
【既往歴】
前回帝王切開以外に特記すべき既往症はない
血圧高値(140〜150/90〜95 mmHg)を指摘されており,軽度の妊娠高血圧症候群(PIH)の疑いで内服ラベタロールを1日2回服用中
これまでの妊娠経過は比較的良好とされていた
喫煙歴なし,アレルギー歴なし
血液型:O型(Rh+)
【術前検査・現症】
Hb: 10.5 g/dL,Ht: 32%
Plt: 12万/μL
PT-INR: 1.2,APTT: 38秒,フィブリノゲン: 150 mg/dL
肝酵素に上昇は見られない.
血圧: 140/90 mmHg,脈拍: 110回/分(安静時),SpO₂ 96%(室内気)
子宮収縮痛や腹部痛はほとんどなく、ただし出血は続いている
術前絶食:入院中であり,すでに8時間以上の絶食状態
術前の不安や緊張が強く不穏気味
【その他】
2単位の赤血球濃厚液がすでにクロスマッチ済みで確保されている.
産科チームからは「出血次第では子宮全摘術の可能性も視野に入れており,その旨患者本人と家族には説明している」との情報がある.
【設問】
(1) 術前評価と管理
① この患者の術前状態で特に注意すべき問題点を3つ挙げてください.
② 担当麻酔科医として,術前に追加で確認すべき情報を3つ挙げてください.
(2) 麻酔法および術中管理
③ どのような麻酔法を選択しますか?理由とともに簡潔に説明してください.
④ 術中の大量出血(産科危機的出血)を想定した準備事項を4つ挙げてください.
(3) 周術期危機管理:産科危機的出血
⑤ 児の娩出後,出血が止まらず子宮収縮も不良です.血圧70/40 mmHg,心拍数130回/分となりました.どのように対応しますか.具体的に述べてください.
(4) 術後管理
⑥ 子宮全摘後,なんとか止血を得て,鎮静したままICUに搬送しました.術後における出血管理として必要なモニタリング項目を3つ挙げてください.
⑦ 術後にSpO₂が90%以下に低下し,気管チューブからピンク色泡沫状痰が吹き上がっています.考えられる病態を1つ挙げ,対応策を3つ述べてください.
【解答・解説】
① この患者の術前状態で特に注意すべき問題点を3つ挙げてください.
全前置胎盤および癒着胎盤の可能性による大量出血リスク.既往帝王切開による瘢痕子宮での手術操作・出血量増大リスク
止血凝固能に予備力なさそう(フィブリノゲン 150 mg/dL,Plt 12万/μL).早期の輸血が開始できるように輸血オーダーや在庫確保が必要
妊娠高血圧あり
【補足・解説】
前置胎盤 + 既往帝王切開歴がある場合,癒着胎盤のリスクがあり,大量出血の可能性が非常に高い.また,前回帝切時の子宮瘢痕部は出血リスクが多少高くなる.
血小板12万/μL、フィブリノゲン150 mg/dLは正常よりやや低値.早期の術中・術後にDIC(播種性血管内凝固)の進展が懸念される.
HDPあり.気道浮腫の浮腫,術後の肺水腫や重症の場合の脳出血等のリスクあり.
② 担当麻酔科医として,術前に追加で確認すべき情報を3つ挙げてください.
追加の画像所見(MRIや超音波)での胎盤の付着状態
血液製剤の確保状況(クロスマッチ数、FFP・PC・フィブリノゲン製剤など)
既往麻酔歴・前回帝王切開時の術中経過(気道管理・出血量・手術時間など)
止血用バルーンカテーテルの必要性について協議
【補足・解説】
癒着胎盤の程度は術中出血量を大きく左右するため、術前に可能な限り画像所見の再評価と産科医との情報共有や,放射線科医との協議・コンサルトが重要です.
大量出血が想定される場合、赤血球濃厚液だけでなく,FFP・血小板・フィブリノゲン製剤等を迅速に使用できる体制があるかどうかが重要になります.小規模施設だとこの症例は厳しいですね・・!😓
③ どのような麻酔法を選択しますか?理由とともに簡潔に説明してください.
全身麻酔(迅速導入)を選択します.
絶飲食時間は十分取れているが,妊婦ということを考慮し,念のため迅速導入.挿管チューブは6.5mm or 7.0mm.ビデオ喉頭鏡使用.
大量出血のリスクが高く、緊急時の気道確保はリスクが高くなる.循環動態の管理に専念できる.
癒着胎盤 などにより子宮全摘となった場合,手術時間の延長や大量輸血による凝固障害が発生する可能性が高く,硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔では血腫のリスクが生じる.
大量出血を生じた場合,脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔では,麻酔効果による循環抑制が遷延する可能性があり,管理に難渋するおそれがある.
④ 術中の大量出血(産科危機的出血)を想定した準備事項を4つ挙げてください.
太い静脈路の確保(16Gを2本以上).可能であれば中心静脈カテーテルの挿入
動脈ラインの確保.麻酔導入前に局所麻酔下でとっておく.
血液製剤の確保・在庫確認(赤血球濃厚液、FFP、血小板、フィブリノゲン製剤など)
(あれば)急速輸液・輸血装置の準備.
(施設的に可能であれば)止血用バルーンの挿入
⑤ (案の定😅)児の娩出後,出血が止まらず子宮収縮も不良です.血圧70/40 mmHg,心拍数130回/分となりました.どのように対応しますか.具体的に述べてください.
産科危機的出血の対応ガイドラインに沿って行動します.
応援を要請し,主麻酔科医がコマンダーとなって輸液・輸血管理,投薬指示,術者との連携を行います.
出血量2000mL以上または急速な出血時は大量輸血プロトコルを発動します.
輸血はRBCをFFPを1:1で投与開始し,フィブリノゲン値150mg/dL以上を目標に補充します.トラネキサム酸の投与,低体温予防も重要(死の三徴を防止)です.
産科DICスコアを用いて凝固障害を評価し,必要に応じてクリオプレシピテートやフィブリノゲン製剤も使用します.
閉塞用バルーンを挿入している場合は使用します.
⑥ 術後における出血管理として必要なモニタリング項目を3つ挙げてください.
バイタルサイン(特に血圧・脈拍)
尿量(腎灌流圧の指標)
ドレーン排液量や術後出血量の観察(ドレーン・ガーゼ・パッドでの出血量)
検査データ:Hb/Htや凝固系の定期的測定.
心拍出量測定動脈ラインが入っている場合は,SVV等も参考にします.
【補足・解説】
産科危機的出血では,容易に産科DICを発症するため,術中〜術後にかけてもモニタリングが重要です.
⑦ 術後にSpO₂が90%以下に低下し、ピンク色泡沫状痰を認めた場合、考えられる病態を1つ挙げ、対応策を3つ述べてください.
急性肺水腫(心原性,またはTRALI,TACOなど)
心原性の場合:心機能評価(エコー)・強心薬使用.利尿薬(フロセミド)の投与などを行います.呼吸器設定ではPEEPを適切に負荷します.
非心原性の場合(TRALIなど):輸血・輸液の一時中断や見直しを行い,人工呼吸器設定を適切に.利尿薬は非推奨.
中枢性疾患(脳出血等)を疑う場合は頭部CTなど撮影.
抜管されているような場合は,酸素投与・NPPV,必要に応じて気管挿管・人工呼吸管理を行います.
【補足・解説】
「ピンク色泡沫状痰」は肺胞内に液体が貯留している典型的徴候です.
心不全による肺水腫(急性左心不全)だけでなく,輸液過剰(TACO)や輸血関連急性肺障害(TRALI)などでも起こり得ます.
まずは酸素化の改善と呼吸管理が優先で,循環評価(心エコーなど)を行いながら原因を検索し,対症療法(利尿薬、PEEP付加)を行います.
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